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ふたりで迎えた朝・2

「小難しい顔をしている」

顔真似をしてくれても元の良さが違うので、変顔にはならない。


 私がアリスであることを伏せたままでも、エミリーさんと話す必要はあると思いながら、殿下にお尋ねする。


「ラドクリフ様に『ベールを被りだしたのはここ数年のこと』と聞きましたが、その理由をご存知ですか」

「本人は『邪悪なものから出来る限り身を守る為』と言っていた」


離されない手を気にしつつ、さらに尋ねる。


「殿下はそうは思われない?」

「例えば。ベールを被って祈りの姿勢を取れば、誰もが声がけをさける。身代わりをする者がいれば、密かに教会を抜け出しても気がつかれない」

「まさか」


 その目的でベールを被り続けるなんてあるだろうか。いや、ずっとではない。人前に出る時だけなら……あるかもしれない。


「トラバス嬢が、十年も教会で祈りに身を捧げるだけの日々を送ると思う?」

「わかりません」


殿下が僅かに口の端を上げた。

「賢明な答えだ」


「殿下は月に2度エミリーさんに会いに行かれていますね」

「そういう取り決めになっている」


 あまりに素っ気なく返されて「どんな話をしているのか」と聞きづらくなった。


「今はトラバス嬢の話はしたくない。あと少ししか共にいられないのに」



そうだった。あと少ししかないのなら。


「殿下、クロールは合格証書を差し上げます。平泳ぎはおおむね完成に近いので、泳ぎこんでください。短時間ではございますが、これより背泳をお教えしますので、次回までに自主練をお願いいたします」


 私は「ちょっと失礼」と殿下の手を振りほどき、両手を空に向かって高々と伸ばし指を重ねた。


「こうして耳を挟むように両手を伸ばし、顎を引きます」


 呆気にとられた様子で立ち止まった殿下が、可笑しそうにする。


その後、少しあらたまった顔付きになり。

「ラドクリフ嬢と話したんだね」


私は腕をおろした。

「はい。殿下のご結婚が決まらないとご自身の婚期が遅れる、とお嘆きでした」


なんとかして欲しいと言っていたのは、さすがに言い控える。


「彼女には申し訳のないことをしている。結婚祝いには相応の物を贈るつもりだ」


 ラドクリフ様に決まったお相手がいるのをご存知なのだろう言い方だった。


 毒霧撲滅、私の記憶、ベールの聖女はエミリーさん。そして急速に距離が近くなったブレンダン殿下。

 考えるべきことが多すぎて、整理しきれない。バージニアと話したいと思った。


でも、まずは。

「背泳をお見せします。一度水から上がりご覧ください」


こちらが先だった。


 

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