表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/171

殿下の後悔アリスの戸惑い・3

「王宮舞踏会に子爵家の息女を招くことは、ほぼない。でも、侯爵家の後見するトラバス嬢の教育係を勤めれば、一度は呼んであげられると思った」


 伏し目がちの殿下の横顔に苦さを見るのは深読みのし過ぎか。私は言葉がみつからず、殿下の肩に頭をすりつけた。


 思いもよらない理由は、殿下のお心遣い。でも……そうはならなかった、と胸のうちで呟く。



「君には、どれだけ詫びても足りない」

「いいえ。教育係を任されたことと、私がこの世界から消えたのと関係があるわけでは」

「あると考える。――証拠はない」


 きっぱりと言い切った殿下は、優しく独り言のように続ける。


「あの竜巻の瞬間、君はどこにいたのだろう。僕は君とトラバス嬢の間に何かあったのではないかと、ずっと疑っている」



 閉じた私の瞼の裏に浮かぶのは、保管室で開いた本に目を落とす殿下の姿。その時、私は?

殿下が登校していると知っていたなら、何を放っても保管室へ行きたかったはず。そう思うのに、日本で暮らした年月が邪魔してか、思い出せない。


「すみません。……覚えていません」


謝る私の肩を殿下がぎゅっとした。


「問い詰めて、ごめん。混乱させたね」


 私の知る殿下はまだ学生で、今は立派な大人の男性なのに、昼間より繊細な気配は少年のものだ。



「エミリー・トラバスさんは、私をアリスを覚えているのでしょうか」


 触れている殿下の体が強張ったのがわかった。思わず顔をのぞくと、真剣な眼差しが返る。


「それを彼女に尋ねるのは、止めて欲しい。私は彼女に信頼をおいていない」

「もし会う機会があったとしても、私がアリスであることは伏せたまま?」


 無言で頷く殿下は、声にすることで招く何かを恐れているかのように見える。


 世界を疑い時には自分の記憶を疑う。そうしてきた殿下のお心の内は、私には計り知れない。

 日本で不自由なく暮らしていると伝える手段があればよかったのに。何も考えずのんきにしていた申しわけなさに、身がすくむ。



「おいで、アリス」

 愛猫でも呼ぶように優しく言った殿下が、また私の頭を肩につけて、ソファーに深く座り直した。

電車で隣の人にもたれて寝る姿勢。


「帰ってきてくれて、ありがとう」

「はい」

「君には想像がつかないと思う。再び会えて僕がどれだけ嬉しく、安堵しているか。二度といなくならないで」


 承知しました、とは言えなかった。なぜなら、毒の無効化が済めば私は帰るつもりだから。


でも今は、

「はい」

これでいいと思った。


「優しいね、君は」

殿下の手甲が私の頬を掠める。


 お言葉をどうとればいいのか。なにも言えずに私は目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新をありがとうございます! 『更新時間は何時が良いかキャンペーン! 絶賛お試し開催中!』の為!? 毎話チガウ意味でドキドキしております 笑 自分が知るアリスであった女性なら ミナミ(ほ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ