ソマーズ侯爵
用意してもらった個室へは行かず、階下で少し遊んで早めにひきあげよう、と殿下に誘われ私も同意した。
このまま帰りたいと思っても、人々の手前あまりに早くは出られない。
「これがミナミ嬢向きかな」
連れて行ってくれたのは、サイコロをふたつ投げて出た目を当てるだけのゲームだった。
テーブル周りに集まる参加者が順にサイコロを放り共に盛り上がる気楽なもの、らしい。
コインをチップに換える殿下に声がかかった。
「これはこれはブレンダン殿下、お体の具合はもう宜しいのですか」
あたりに響く声の主は、四十歳過ぎの押し出しの立派な男性だった。爵位持ちとみて、一歩控えようとすると、殿下の手が私の背中を止めた。
「ソマーズ侯、私の体調はすこぶる良好でお気遣いは無用だ」
「おや、昨日の晩餐会にいらっしゃなかったので、体調がお悪いものと。何事もないのは結構なことでございます」
口調に嫌味が含まれるのは、急にキャンセルした晩餐会がこのソマーズ侯爵家で開かれたものだったからと推察する。
泳いでお疲れになった殿下は、夜のお出掛けが面倒になり取りやめたら、今面倒なことになっている。
私の勝手な想像は、たぶん正解。
渾身の料理でもてなすつもりが「今夜は止めておく」。ブレンダン殿下はまず間違いなく主賓だ。お集まりの皆様も主賓が欠席では肩透かしの感があり、主催者としては嫌だろう。ミナミの感覚ではそう思う。
一方、アリス視点では、殿下がソマーズ侯爵より若く、カジノは夜の社交場でマナーがゆるいにしても、グランヴィル家にその物言いは不敬だ。
「娘も殿下のお越しを楽しみにしておりましたので、しきりに残念がっておりました」
殿下が眉根を寄せたのは、不快だと示すため。
テーブルについていた別の男性が、口を開きかけたものの閉じる。侯爵の会話に割って入ることのできる身分の方は、そうはいない。
「始めさせていただいても、宜しいでしょうか」
係員の言葉に「待たせたね」と殿下が応じ「こちらへ」と自分のすぐ隣へと私を誘う。
ソマーズ侯の視線が私の頭のてっぺんから床まで辿るイメージに、肩をすくめそうになった。
すんでで止めたのは、弱みを見せてはならないと思うアリスの矜持だ。
ソマーズ。侯爵家のひとつとして覚えていたが、何か他にもあったような。
「どこに賭ける? これは君も負けるゲームだから、金額は楽しめる範囲にすべきだね」
殿下にテーブルを示され、思考はひとまずお預けとなった。




