恋人は幻で禁断は情熱です・1
煙るようなピンク色のドレスの高級感は、私を恐れおののかせるのに充分だった。
「このドレスは……」
恐る恐る尋ねた私にブレンダン殿下は、
「壮行会のために用意したもので、コール嬢にも仕立ててある。ケントからドレスを贈られたことは?」
「ありません」
即答した。
「先を越されたと悔しがるかもしれないね」
そんなはずはないのに、愉快そうに殿下はそう言った。
ケント伯は殿下のお人柄について「思慮深く気分を表情に出さない」と評したけれど、私的な場所では当てはまらないと感じる。
「見惚れるほど美しいミナミ嬢の同行者として僕はふさわしいだろうか」
なんて軽口をたたく。
濃紺の上着に黒の蝶ネクタイが似合う男性なんて、そうそういない。実在の人物とは思えないほど眩しくて、最適な誉め言葉が思いつかない。
「さあ、初めてのカジノ体験へとご案内しよう」
殿下は私の手を取り、踏み出した。
カジノと聞いて思いつくのはオンライン。でなければ、ラスベガスかモナコ。どちらも未踏だけれど、この雰囲気はモナコ寄りだと思う。
要人専用入口から入った殿下と私は、うやうやしく先導された。足元の絨緞の踏み心地と豪華なしつらい、着飾った人々の醸す雰囲気に圧倒される。
「賭けてみる?」
優しく聞いてくださる殿下を見上げて、首を横にふる。
「怖がらなくても負け越すことはないよ。君が聖女である事は伝達済みだから、全職員が覚えたはずだ」
こんなに気持ちも腰も引けた私が勝てるとはとても思えない。
「気後れする必要もない。ご覧、君はここにいる誰よりも素敵だ」
私の向けた眼差しが気になったらしく、殿下が「どうかした?」と聞く。
「ここにいる誰よりも美しい、とおっしゃらないところに、殿下の正直さをみました」
堪えきれないとばかりに、殿下が顔を背けて笑う。
「失礼した、爪の先まで美しいと思っているよ」
それはどこかで聞いたセリフだった。「慎重で一言に重みがある」はどうしたのか、吹けば飛ぶ軽さだ。
「思うところがあるようだね」
口の端に笑みをたたえたまま、
「皆と一緒が嫌なら、ふたりきりで遊べる部屋もある」
と誘う。
「人目を気にせず賭け事を楽しむ為の個室もある」を、違う言い方にしただけなのに、殿下により破壊力は数倍になった。




