聖女の異世界水泳教室・4
殿下に回れ右を命じられた方々は、ずっと後ろ向きのままだった。ずいぶんと遠くまで来てしまったので、流れに逆らって元の位置まで泳いで戻り、
「やはり、見ていただきましょうか」
と問えば。
「いや、彼らには私が教える。そのような気遣いは不要だ」
きっぱりとお断りされた。
クロールの息継ぎまで出来るようになり、あとは泳ぎ込めばいいと合格を出したら、別の泳法も覚えたいとおっしゃる。
私が習った順なら背泳ぎだけれど、実用性が高いのは平泳ぎか。水路の縁に両手をついて、体を水からあげて尋ねた。
「次はいつにしますか」
「明日では、どうだろうか」
「明日?」
髪の水気を絞りながら思わず聞き返した。
「体の使い方を忘れないうちに、ものにしたい」
殿下からよく乾いた布を受け取りながら考える。今日の復習を一通りして平泳ぎに入ろうと思えば、その方がいい。
「わかりました、また明日来ます」
「行き来しなくても泊まればいい、客室は常に使える状態だから。そうすれば午前から泳げる」
「なんて熱心な生徒さんなんでしょう」
思わず感心すると、殿下がふっと目元を緩めた。
服はともかく下着の替えもない……と思ったところで、いや今着たまま洗ったも同然と思い当たる。明日もどうせ泳ぐ。
日本に戻るまで連日酷使することになるが、さすがは有名メーカー、泳いでも肩紐さえきちんと調整しておけば「ポロリ」とならない安心感も素晴らしい。
ちょうど買い替えたタイミングで新品を着ていたのも良かったし、水着で着慣れている紺色か黒しか選ばない。上はフルカップ、ショーツはボクサー型と決めていたのも正解。
頭のなかで自画自賛していると、悩んでいると思ったのか、「ケントには使いを出して『心配ない』と伝えておく」と言ってくださる。
そこまでしてくださるなら、お断りする理由もない。
「夜に座学で平泳ぎの理論を、明日は実技とすれば、殿下なら、かなり身につけられると思います」
体を拭いた布をパレオワンピースのように巻き付けて、丸めた服をつかむ。殿下が目を見張ったように思うけれど、湿った体で着られるような楽な服じゃない。
「殿下、少しお笑いになったようですが、平泳ぎは私が思うに一番技術を要する泳法です。速さは他の泳法に劣りますが、同じ平泳ぎで競うなら体格が劣っても技術でカバーし勝てるのです」
私を見習ったらしく、殿下も濡れた下半身に布を巻き付けた状態で歩き出す。
「お前達、私と彼女の靴を持ってついてこい。……ミナミ嬢を見るな」
殿下はそんな無茶を言った。




