聖女の異世界水泳教室・2
殿下の顔に驚きが広がった。額にかかる濡れた髪をかきあげ、瞬きもせず私を見つめる。
日本では着慣れない背中ボタンのデイドレスに手間取っても、さすがに殿下の従者に「ちょっと手伝って」とは言いにくい。
身体にぴったりした仕立てなので、剥ぐようにして腕を抜き、服を腰溜めにして更に下げかけたところで、殿下が一喝した。
「総員、後ろを向け!!」
揃った靴音を立てて、私以外の全員が回れ右をする。
脱ぐ姿はお見苦しいと思うので、ご配慮はありがたい。
脱いだ服を植木の上に乗せ、ガーターベルトと靴下も外していると視線を感じた。殿下だ。皆と同じように背を向けてくれればいいのに。
これで河に飛び込んだ時と同じ格好になった。少し迷って、キャミソールも脱いだ。靴下もまとめて丸めたドレスの合間に押し込む。
濡れるものは少ないほうがいい。セパレートタイプの水着だと思えば、どうということはない。
むき出しになった私のお腹に、殿下の視線がとどまっているように思うのは、多少ぷよっているからかもしれない。これくらいが日本女性の平均なのだと声を大にして言いたい。
汗をかくほど動いた後だ、準備運動は不要と水路に足から入ると、急ぎ寄ったブレンダン殿下が手を差し伸べ、水底に足がつく前に私を抱えた。
「ご心配なく。たぶん爪先立ちしたら、水面から顔は出ますから」
立ち泳ぎをしてもかまわない。
火照った身体に水は心地よく、殿下の体が触れても気にならなかった。
「恥じらいはないのか」
声音は、責めるというより戸惑っている。
「プールサイドと水の中では恥じらう感情はありません。気にしていたら、泳げるようにはなりません」
恥じらってタイムが縮まるなら、恥じらいもするけれど。平泳ぎを見せたら殿下は絶句するかもしれないと思うと、可笑しくなった。
殿下は私を抱えたまま。水路の外陸上にいる方々は背中を向けたまま。
せっかくだから皆様にも近代水泳のイメージをつかんでもらうよい機会かと思い、ひとつ提案した。
「よろしければデモンストレーションと言いますか、皆さんにも見ていただきますか」
別に私、恥ずかしくないので。
変わらぬ表情のなかにも、多大な興味を持ってくれているのは、彼らの背中がピクリと反応したことでも分かる。
「いや、僕だけでいい」
「――そうですか。あの、離してくださっても私は溺れませんよ」
冗談めかして言い、軽く殿下の肩を押す。こんなに密着していては抱き合っているようなもので、教えられない。
「ああ、そうか。そうだね」
今気がついたとでもいうように呟いて、ブレンダン殿下はそろそろと手を離した。




