聖女の異世界水泳教室・1
呼び出されて着いた先は王宮の庭だった。先日の夏の庭のような花はなく、水路を中心にして左右対称に植木で模様を描いた庭だ。
水路は水がゆるやかに流れているらしく……そんなことより。目を疑ったのは、そこで待っていたブレンダン殿下が上半身裸だったことだ。
ちなみに、下半身は濡れたら透けそうな薄布ではあるものの裾まであるパンツを履いてくれている。
私を案内した従者は真面目な顔を崩さず「ミナミ嬢をご案内いたしました」と告げて、距離を取った。
「よく来てくれたね」
「何をなさっていらっしゃるのですか」
「ミナミ嬢が着くまで日光浴を。今日は良い天気だから」
ブレンダン殿下の上半身に見惚れてご挨拶が抜けてしまった私を咎めるでもなく、にこやかに返された。
ケント伯は朝から仕事に。私はバージニアとライリーさんと共に、旅に必要な物を買いに出ようとしたところ、王家の紋章のついた馬車が来た。
何かと思えば、ケント伯ではなく私に用事だと言う。私を呼び出したのはブレンダン殿下だった。
それにしても。上腕三頭筋が程よくバランスの良い筋肉のつき方で、筋トレをしなくてこれならば羨むような体型体質だ。
腹斜筋のラインがこれまた素晴らしく惚れ惚れとしてしまう。
――ではなく。はっと我に返ると、殿下の筋肉を愛でている私を、殿下が眺めていた。瞬時に気まずい思いになりながら立て直しを図る。
「ご用とうかがいました」
「泳ぎ方を習おうと思って」
なんでもない事のように言われた。
「ここで!?」
「そう」
私は殿下の背後の水路を凝視した。幅はスイミングプールのコース三つ分くらい、長さはずっと遠くまで続いていてよく分からない。
王宮の水は山の湧水をひいていると昔習ったから、冷たいかもしれないが清い。
「自分が泳げるのと、人に教えるのは別です」
脱いで準備万端の殿下に「教えません」とは言えないが、一応の言い訳を入れる。
耳に届いたのかどうか、殿下は無造作に水路に入った。立った感じからして水深は百五十センチほどで、教えるには適している。
「では、一度泳ぎを見せていただきまして」
私のリクエストに応えて、殿下が泳ぎ出した。
思ったよりもかなり泳げる。見たところクロールに近い横泳ぎだった。挿し絵つきの本で見た泳法を実践しただけでこれならば、子供の頃からトレーニングを積めば五輪も夢じゃない。この国にはないけど。
「基本はワンストローク・シックスビートで、手をひとかきする間に足を六回打ちます」
陸で手本を見せた。スカートをたくし上げても、殿下の従者や護衛合わせて六人が表情を変えずにいてくれるのがありがたい。
おろしていた髪が、汗で首筋に張りつくのが鬱陶しくて、ヘアゴムで雑に団子にした。
ついでに肘の動きが見やすいように、腕まくりをする。
「水をかく時は体の近くを通し、水から抜く時は肘から……」
ああもう、実際に見せた方が早い。
「私も入ります」




