アリスとミナミの境・4
聞かれて言葉に詰まった。答えないわけにはいかない。
「あまり、お親しそうには……」
殿下が微苦笑した。
「そうだね。ケントは忠誠心に厚く申し分のない友人であるのに。問題があるとしたら僕のほうだろう」
「ケント伯が友人というには控えめに見えるだけかもしれません」
殿下に問題などあろうはずもない。今はケント伯の真面目さと堅さに信頼を寄せている私も、正直初めは彼に良い印象を持たなかった。
殿下は頷くだけでそれ以上何も言わなかった。
夏の庭に戻った私は、お菓子のお土産付きだった。箱からは甘い香りが漂っている。
探していたらしく、バージニアが先に私を見つけ「あらあらあら」と顔をほころばせる。
「わかったわ。お菓子の焼ける匂いにつられてお台所を覗いたのね? 可愛がられてお菓子をたくさんいただいた、当たり?」
どうやら私は、彼女から見て幼稚園児同然らしい。
ちらほらと帰り始めた令嬢もいるのか、庭は少し人数が減っていた。
「流れ解散のようですから、わたくし達も失礼しましょうか。ライリーさんをあまりお待たせしてはお気の毒ですものね。――収穫はありまして?」
そのお菓子以外に、と付け加えるからにはバージニアの言う「収穫」は情報だろう。
報告を始める。
「殿下の婚約者候補様から、祈りの司祭についてお話を聞けました。バージニアは?」
「祈りの司祭についてなら、わたくしも少し。ベールをかぶり始めたのは、ここ数年ですって。それまではお顔を出していらして、可愛いお顔立ちだとか」
それより、とバージニアが声を潜めた。
「ブレンダン殿下よりお尋ねがあったのよ。『アリスという名に心当たりはないか』と」
まさか、ブレンダン殿下はアリス・ウォルターを知っている?
急に鼓動がうるさくなった。
「ミナミにお尋ねはなく?」
「はい」
バージニアが、すうと息を吸って確信を持った声を出した。
「前後の会話から推察するに、殿下は『アリス』が異世界に飛ばされたとお考えになっていらっしゃるんじゃないかしら」
「まさか」
「充分に考えられることよ。実際わたくし達は渡って来ているのだから」
プロ聖女の言葉には説得力がある。本当にあのブレンダン殿下が私の憧れたブレンダン殿下なら、ここは私アリス・ウォルターのいた世界。
「では、ケント伯はいったい」
「それはケント伯より、まずブレンダン殿下にお話しをうかがうべきね。ケント伯に事情があるなら、警戒させてしまうかもしれないもの」
夏の庭の境に作られた薔薇のアーチの手前で立ち止まったバージニアにつられて、私も立ち止まる。
「この先、あなたどうなさるの? ミナミで通し任された仕事をやり遂げて帰る。アリスだった過去を打ち明けて、何がどうなって今に至るのかを知る。どちらにせよ、わたくしには鍵はあなたとブレンダン殿下にあると思われてならないの」
私の耳にはバージニアの声しか入らない。
「大きな事件も元を辿ればとても個人的な事だったり、他人には理解出来ないような些末な理由が逆恨みの原因となり世間を揺るがす事態を招くのは、歴史を紐解くまでもなく知っているでしょう」
紫の瞳が真っすぐに私を見た。
「発端は、まさかと思うような小さな出来事かもしれないわ」




