アリスとミナミの境・3
「美味しい? 良ければもう少しどう?」
いつの間にかこちらを見ていたブレンダン殿下に聞かれた時には、私の菓子皿は空だった。考え事をしていて手が勝手に口に運んでいたらしい。
ひとつ言えるのは、素人が作った菓子より絶対的に美味しいということだ。
「いえ、充分にいただきました」と私が言っているのに。
「ご令嬢が『もっとください』なんて、言えるはずもないね」
殿下が、さっと自分の手つかずの菓子皿と入れ替えてしまった。これでは私が二人分食べることになる。
「あまり食べては夕食に差し支えると、おうちで叱られるかな?」
からかいを含んだ眼差しの殿下は、昔に戻ったようだと思う。外見が大人の男性だから、今の自分はアリスではなくミナミだと忘れずにいられた。
返答に困っていると、殿下が続けた。
「若い君といると、僕まで同じ年頃のような気がしてくる」
「殿下は、おっしゃるほどお歳ではありません」
「いや、君から見ればおじさんだろう」
私はとんでもないと大きく首を横に振った。殿下を「おじさん」と言ったら少子高齢化の日本では「若い人」がいなくなる。
殿下のお考えが後ろ向きなのは。
「お疲れでいらっしゃいますか」
少し間を置いて肯定された。
「――そうだね、重要な部分を全て君達に任せきりで言えたことではないけれど。ここのところ考える事が多くて、しかも結論が出ない」
何にお悩みなのかと聞くのは、さすがに控えるべきだと、私でも分かる。
黙って、殿下の空になったカップを再びお茶で満たした。
アリスだったら何を話しただろう。
祈りの司祭について伺う機会を探っていたけれど、今日はやめたほうが良さそうだ。お疲れのところにお尋ねするのは気が引ける。
「話を聞く限り、君達は休みらしい休みを取っていないね。教会に都合よく使われているのは由々しき事態だ」
何とも大げさな言い方に驚いて殿下を見た。
私にしてみれば、仕事で来ており観光したいわけでもない。街に買い物に出るし、先日はなんとお菓子作りに挑戦した。殿下が思われるほど仕事ばかりでもない。
「ケントも無骨で、気が利かない男だから」
殿下が小さく息を吐く。
「仲がよろしいのですか」
「君からは、どう見える?」




