アリスとミナミの境・2
外の楽しげなざわめきが程よく伝わり、厨房からは活気が届く。そんな部屋でブレンダン殿下とお茶を飲む。
物思いにふけるかのように睫毛を伏せる殿下のお邪魔をしてはいけない。物音を立てないことに全神経を集中した。
ラドクリフ様はとてもラドクリフ様らしいラドクリフ様だった。
祈りの司祭はラドクリフ様と同じ二十六歳。この国では子のひとりや二人はいるという年齢での未婚、ラドクリフ様が焦れるのも納得だ。
「彼女が決まらなくては、私は浮いたまま。本当に迷惑だわ」
ブレンダン殿下と婚約するには司祭を辞める必要がある。けれど「この先流行り病が蔓延する兆しがあります。今は私が祈りの力でとどめているのです」と言い切られては、強く辞職を勧めることも出来ない。
では一生祈ってもらうとして、別のご令嬢と殿下がご結婚なされては? と聞けば、ラドクリフ様は他からは見えない角度で、心底うんざりとした顔を作った。
「侯爵が許さないの。『ここまで王家につくす娘にその仕打ちはない』そう言われては、祈って『頂いている』今、彼女の気分を害することは避けたいでしょう? もちろん親の機嫌も」
物言いと表情から拝察するに、ラドクリフ様は司祭の「祈りの力」に懐疑的だった。
「きっと王家もお考えになられたのね。これでは『祈りの力』に振り回されると。異国から招いた聖女が病の流行を未然に防ぐなり、必要な手立てを授けるなりしてくれれば、彼女をお役御免にできる」
「お役御免」はさすがに失礼な言い方だと思うけれど、ラドクリフ様はそのくらいの心情なのだろう。話し出したら、あけすけと言っていいほどに語る。
毒沼毒霧の出現が王家所有地のみにとどまっているのは、祈りの司祭の力によるものと仮定して。
その存在を私達に教えないのには、何か理由があるのか。
ひとつ知ると次の疑問が湧く。とりあえず、他には聞きづらい質問をしてみた。
「ブレンダン殿下が祈りの司祭との御結婚に前向きでない理由はご存知ですか」
「侯爵家が親子揃って慎みがなく押しが強いから」
思いがけなく明確な回答が得られた。
「殿下は闊達なお人柄でいらしたのに、彼女が婚約者候補と噂されるようになってから変わられたと感じたのは、私だけではないと思うわ。それこそ、ケント伯にでもお聞きになったらいかが?」
「ケント伯とブレンダン殿下はご学友とうかがいましたが」
「ええ、学生時代はいつも一緒にいらしたわ」
もうひとつ聞きたかった。
「ウォルターという名をお聞きになったことはありませんか、学校で」
「ないわ。少なくとも貴族にはない家名ね」
ラドクリフ様は迷いなく言い切った。




