アリスとミナミの境・1
今、私ミナミはブレンダン殿下と飲むお茶を淹れている。
窓の外、薔薇の木のむこうに、続いているガーデンパーティーの様子が見える。
パーティーの間飲まず食わず――ご本人はもっと上品な言い方をされた――の殿下が、一息いれるために屋内に戻るところにちょうど行きあい「良ければ一緒に」とお誘いくださった。
元の予定にはなかったことらしく、使用人達は慌てた様子で小部屋を開放してくれた。
そこここに、つまみやすい料理やお菓子ののった大皿があるのは、ここが厨房に近く仮置きしやすいからだと思われる。
沸かしたての湯やティーセット一式を運んでくれたメイドに「後は私がしましょうか」と申し出ると、目に見えてホッとしていた。
メイドの仕事は細分化されていると聞く。貴人にお茶を出すのは彼女の職務外なのだろう。
私? お湯が高温で茶葉の量が少なすぎなければ、飲めない代物にはならないと思う。得意はティーバッグを使うことだけれど、無いから仕方がない。
「淹れ慣れている」
大皿からいくつか失敬したお菓子を小皿に盛りつけ終わり、興味深げに私を眺めていたブレンダン殿下が指摘した。
「使用人をおくような生活をしておりませんでしたので」
アリスだった頃も、日本でも。
「綺麗な手つきだ。ずっと見ていたい」
物を取りに使用人が入るから扉は開け放ったままでも、一応ふたりきりである気安さからか、そんなお世辞まで。
「綺麗なのは脚もだそうだね。泳ぎが巧みだと聞いている」
ティーポットを置くのに大きな音を立てなかった私を、誰か誉めて欲しい。思わずブレンダン殿下を見れば、可笑しそうに頬を上げていた。
どこからお聞きに……なんて聞かなくても、どこからでもお耳に入るのだろう。河にダイブする聖女なんて前代未聞に決まっている。
「泳ぎは習っておりましたので」
脚の話題には一切触れずに乗りきると決めた。熱い紅茶をいれた碗皿を手で運んでテーブルに置いたところで、トレイを使うべきだったと気がついた。どうやら私はかなり動揺しているらしい。
ズボラなひとり暮らしの害がここで出た。誰が見ているわけじゃなくても、キチンとしないとね。と、今更ながらの反省をする。
「本気で水泳にうち込むと、指の間に水かきができるそうです」
真偽不明の知識を披露したのは脚から意識をそらしてもらうため。
「それは初耳だ」
殿下は流れるような動きで私の右手をとり、しげしげと観察を始めた。
触って欲しいと誘ったつもりはない。慌てて手を引こうとする私に悠々と殿下が口にする。
「ミナミ嬢の手にはないね。残念」
無くていいです、と思った。




