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異世界で菓子を焼くのはお約束・2

私は黙った。


「言えないことなら……」


言えないというよりは。

「整理がつかなくて。私には、ここにとてもよく似た国で生きていた記憶があります。前世と言うならそうかもしれません。でも、そっくり同じではないんです」


熱を帯びる私とは違い、バージニアはどこまでも冷静だった。


「可能な限り調べましたが、私の生家はありません。絶えたのではなく、最初から無い印象を受けます。私の通う学校の一学年上にブレンダン殿下がいらしたのです。でも時々登校されるだけで、学友とされる方はいませんでした」


「つまり伯爵ケント家は、存在しなかった」

「はい」


 私が避けた一言をずばりと口にしたバージニアは、眼差しをテーブルへ落とした。遠くで鳥の鳴く声がした。


「確かめるなら、殿下にお尋ねするのが近道ね」

「でも、私が覚えている殿下は十代なんです。その後は思い出せない」

「そうね。私も印象的な事しか覚えていないもの、わかります。お互い日本が長いから」


 いや、バージニアと私では長さが違うと思うけれど、それを言っては失礼になる。



「お手伝いできることがあれば、遠慮なさらずにね。あなたと私ふたりなのだから、ひとりの倍できるわ。それにふたりで来た事に意味があるのかもしれない」


「私はプロ聖女の弟子かもしれませんよね」


 冗談めかした私に綺麗な微笑を向け、鳥を探すように窓の外を見やる。


「創造主のお考えを、私なりに理解しようと努めたの。主の『世界』はいくつもあって、時々こちらの世界からあちらの世界へ綿毛のように飛ぶ異物がある。植物同様少し育つまでは何とはわからず、成長すると異変が起こる。悪影響がなければそのままにし悪影響が出るようなら取り除かなくてはならない。それはこの世界の住人ではなく、異物である異世界人にしか出来ないのではないか、と」


「では……私達の他にも異世界から来た誰かがいて、不調和を引き起こしていると考えればいいのでしょうか」


視線を戻したバージニアが頷いた。


「今までの経験から言って、竜や魔王はその国の伝承となっているわ。『原因不明』『過去に例が無い』ならば、外から持ち込まれたと考えるのが自然なのではないかしら」


 エイリアンを倒すには地球外生命体をぶつける。私の頭のなかではSF映画の場面が浮かんでいた。



「お嬢様方、ケーキが焼き上がりました」


メイドが呼びに来た。


 この世界にもパウンドケーキとそっくりなお菓子はある。名前が違うだけだ。

見たことのない菓子であっと言わせる計画は、実のところ最初から失敗していたのだった。


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