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異世界で菓子を焼くのはお約束・1

 異世界に来てすべきことのひとつは餃子作り――ではなく、やはり手作りするなら西洋風のものが相応しいのではないだろうか。


「そして、意中の男性に差し入れする……でしたかしら」


 私にさんざん「異世界転生あるある」を聞かされたバージニアが、朗らかに言う。


 聖女のお仕事で異世界を渡り歩いた彼女に「見慣れないお菓子を作り皆に『こんなの初めて!』と言わせる」という経験がないと聞いて、特に予定のない日に厨房を借りることにした。


 餅つきは毎年しても洋菓子は作ったことがないバージニアと、中高生の頃誰もが一度は通る道として作っただけの私。


 無理はやめてパウンドケーキにした。これはバターと砂糖と薄力粉が同じ量。

 ベーキングパウダーがないので卵白をメレンゲ状にすることで、ふくらみを期待する。


 そもそもここにある小麦粉が薄力粉かどうかも不明。中力粉か強力粉かもしれない。すでに美味しくできるかどうかが怪しくなっている。


 火加減は百八十度から百六十度に途中で下げるような覚えがあるが、加減が難しいので料理人に任せて、私達は休憩に入った。



 料理人の用意してくれたオレンジママレードののったクッキーをつまみながら、薄荷水を飲む。


 こちらの方が美味しいような気がするのは、全力で気が付かないふり。


「ちゃんと中まで火が通りますかね」

生焼けではさすがにライリーさんに食べさせられないと思う。ケント伯には、差し上げる予定はない。


「結構な粘りを感じたけれど、卵白が頑張ってくれるのではないかしら」


西洋風にこだわらずに。

「肉まんにすれば良かったでしょうか」


「私の作り方では、ドライイーストを使わないと美味しくないと思うわ」


 冗談のつもりがなんと、バージニアは肉まんも作ることができるらしい。この世界にドライイーストがあるのだろうか。パンは自家製酵母を使っているのかなんて、アリスだった頃は考えもしなかったので、知らない。



なにげなくバージニアが切り出した。


「ねえ、ミナミ。見当違いだったら、ごめんなさいね。あなた、この世界を知っているのではなくて?」


答えが既にわかっているかのような自然な口調。


「……どうして、そうお思いに」

私も努めて警戒心を出さずに返す。


「勘。お若いのにきちんとしているマナーは、日本風というよりこちら風に感じました。ドレスの足さばきも苦にしていない様子でしょう。なにより殿下にお目にかかった時に」


「失礼でしたか」

つい被せてしまった。


「いいえ、それは大丈夫。どこがとは難しいけれど、ふと」


 入院患者さんにもいた。「この人とこの人は付き合ってる」「この人はあの人が苦手」と職員同士の関係性を察知するのがうまい人。

まさかと思うと、実はその通りだと私の方が後から知った。


「見ればわかる」らしい。


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