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聖女は鐘楼で異世界を語る・3

私に答えられる質問であることを願う。


「あなた方は『渡りの聖女』と名乗ったと聞いている。世界を渡るとは、どういったものだろうか」


難しい質問だった。


「眠っている時に見る夢は、必要なところ以外の大部分が雑に処理されていると言いますか、曖昧ではありませんか。そして目が覚めた時には覚えていたのに、後から思い出そうとすると大半を忘れてしまっていて、断片がかろうじて残る」


頷きは、肯定でも否定でもなく相づちのようなものかと思う。


「そんな感じで、あまり覚えていないのです。創造主とでも呼ぶべき方と話し合いました。条件をつめて世界を渡ることに同意しました。もちろんお断りをすることも出来た……と思います。私達は自分の意志で来た、それは確かです」



殿下は顎を浅くひいた。


「引き受けてくれて、ありがとう。理由を聞いても?」


「バージニアは『徳を積む』と。私は、たぶん日常に飽きていたのだと思います」


 人付き合いが浅かったので、県外の大学に通う間にそれまでの友人とは疎遠になった。就職で帰郷すると、今度は大学時代の友人となんとなく距離ができた。


 付き合っていた彼とは遠距離恋愛と言うほどもなく自然消滅した。お互い、自分から会おうと言い出さなかっただけで、特に相手に不満があったわけでもないと思う。


 最後にした会話も、それが最後とも思わなかったから覚えていない。



「日常に飽きて……か。少しわかるような気がする」


 まさか王室の方が。リップサービスの類いと解釈して聞き流した。


「ケントと親しいようだけれど、聖女としての勤めがすんだら彼と?」

「いえ、戻ります。私はここでは暮らせません」


きっぱりと言うと、意外そうな顔をされた。



「私のいた国では、お湯は鍋で沸かさなくても蛇口をひねれば出ます。連絡を取るのも簡単で、すぐに返事がわかります。ひとりで生きていくのが、こちらより遥かに楽なんです。それに、馬車で酔うので移動が大変で」


 いらない事を話したと気がついた私は、急に口をつぐんだ。


「こちらより進んだ世界のようだね」

「だからといって『こちらより良い世界』ということでは、ありません」


 穏やかに聞いてくださる殿下と話せば話すほど、お里が知れるしボロが出る。切り上げることにする。


「そろそろ私、行きませんと」


「ミナミ嬢の世界の話をまだ聞きたいが、困らせるのは本意ではない。来週王宮でちょっとした集まりがある。ちょうど黄花藤が見頃だ。良かったらおふたりを招待しようと思うが、いかがだろうか」


 まさかのお誘いを受けた。

下位貴族でもわかる、この返事はこれしかない。

「ありがとうございます。楽しみにいたしております」


 久しぶりに上まで行ってみるとおっしゃる殿下を残し、私は「――知った顔をしたけど黄花藤ってなに?」と思いながら、階段をおりた。


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