聖女は鐘楼で異世界を語る・2
鐘楼の厚い壁には明かりとりの小窓が等間隔にあるので、暗くはない。硬い靴底の音が反響する。
途中の縦に長い風通しが設けられ、少し汗ばんだ肌に風が心地よかった。
どうせ裾は汚れているのだし。私は壁の窪みに腰掛けた。
耳に足音をひろった。私は止まっているから、これは私以外の誰かだ。急ぐでもなく規則的に刻む音。
この時間に鐘は鳴るのだったか、夕方の鐘にはまだ少し早いように思う。
教会関係者に私の顔を知らない人はいないだろうから、そこは心配しないでいると、螺旋状の階段から姿を現したのは、思いがけずブレンダン殿下だった。
驚きのあまり息を呑む。ご挨拶もしない私の数段手前で足を止めた殿下は、軽く眉を上げて微笑を作った。
「ごきげんよう、ミソカッチ嬢」
「ご、ごきげんよう、ブレンダン殿下」
殿下が名前を覚えてくれていたことにも、驚いた。
「どうか、よろしければミナミとお呼びください。ミソカイチは長うございますので」
ようやく、そう言えた。
「ケントもそう呼んでいたか。では私も」
息の乱れた私と違い、殿下は涼しげだ。
「こちらには慣れただろうか」
「はい、おかげさまで。皆様良くしてくださいます」
当たり障りのない返答をするのは、もはや癖のようなもの。
「どうして鐘楼へ」
「上から街を見渡したいと思いまして。――殿下は?」
「ミナミ嬢が、こちらへ行くのが目に入ったから」
違う人なのに、記憶のなかのブレンダン殿下と重なる。自分が今どんな顔をしているのか気になって、意味もなく顎に指を添えた。
「教会にご用でしたか、それともケント伯に」
「ケントも来ているのか、知らなかった。祈りの力の強い者がいて、私は月に二回会いに来ている。今日がその日でね」
「そうでしたか」
殿下は大人の男性らしく、落ち着いた話し方をなさる。ふと思いついたようにお尋ねになる。
「ミナミ嬢、ベールの司祭と呼ばれる女性と会ったことは?」
「いえ」
その方が祈りの力の強い方だろうか。女性の司祭がいらっしゃる事も知らなかった。そして、私から殿下にお話しすることは何もなかった。
「遠征、戻ってすぐの寄付集め、この後は本格的な遠征と続くのだね。仕事ばかりさせて申し訳なく思う。何か君達にも良いことがなければ、王家は搾取するばかりだ」
私は手を振って打ち消した。
「とんでもない。私達は自らの意思で来ております。どうぞお気遣いなく」
「そのことだが、少し尋ねても構わないだろうか」
深緑色の瞳が真っ直ぐに私を見た。




