悪役令嬢ではなくハラスメント令嬢?!・3
眼の前をギラギラしたものが飛び交うこと二十分。
「思い出した……というより、断片的にしか思い出せないけど。この残念な生き物は私! アリス・ウォルター、私!」
私も私だけれど、クラスメイトもどうなのか。裏で珍獣と呼ぶなんてエミリーさんに失礼が過ぎる。
恥ずかしさに身悶えした。アリスには友人と呼べる人がいなかったから、小さな本当にちょっとした接点しかないエドモンド殿下にあんなに入れ込んだのだと分析した。
なにも手につかなくて、殿下に会うために生きているような気持ちになっていたのだもの。
と言うわけで、水野ほのか(今はミナミ)の指針を決めた。
人とは浅く付き合い依存しない、と。
思い出せるのはその頃のことまでだったけれど、もう十分。特に高所が怖いとか尖ったものがダメなんて事もないから、天寿を全うしたと思う。
つまらない書きかけのアリスの物語は削除し、そのうち日々の生活に紛れ記憶も薄れていったのだった。
「挨拶はいい、ケント。皆さんも気楽に」
殿下のお言葉と、背中に軽く添えられたケント伯の手にハッとした。
走馬灯のようにひとり過去を回想していても、そんな事はおくびにも出さないのが社会人だ。今は十七歳でも。
「紹介いたします。こちらはミナミ・ミソカッチ嬢、バージニア・コール嬢です。此度その能力を遺憾なく発揮し、多大な成果をあげました」
誉めすぎとは言わず、バージニアを見習い微笑むにとどめる。相変わらずミソカイチが言えないケント伯が可愛らしく思えたのは、自分でも意外だった。
考えてみれば、伯爵セナ・ケントが存在する時点で、アリス・ウォルターのいた世界とは違う。
こちらのブレンダン殿下も、アリスだった私の憧れたブレンダン殿下と中身は別と思うべきだろう。
私の知る殿下との共通点を探そうと、うつ向きながらも殿下の指を見つめてしまう自分の愚かしさは理解するのに、止められない。
殿下は学友であるケント伯と和やかに会話し、すぐに時間がきた。
「この後もございますので」
丁寧に従僕が伝える。
殿下に会うことはもうないかもしれない。私は顔をあげることができなかった。
帰りの馬車で、バージニアが。
「やはり、どの国も王族は独特の緊張感がありますわね」
ライリーさんが受ける。
「堂々となさって、そのようには見えませんでした」
「ミナミ嬢は、ずいぶん大人しいが」
「慣れないお席に疲れました」
ケント伯の言葉に乗っかることにして。
「少し眠ってもいいですか」
思いつきで、隣に座るケント伯に少し体重を預ける。瞬時に筋肉の強張りが伝わった。それでも私が楽な姿勢になるよう手助けしてくれる。
閉じた瞼に浮かぶのは、あったばかりの殿下ではなく、「ウォルター嬢、はい覚えた」とおっしゃった日のブレンダン殿下だった。




