幻の恋人〜禁断の情熱
学校に持ち込みを禁じられているものは、高価な装身具、多額のお金、煙草、そして悪書。
先生に見つかり取り上げられたそれらを職員室から保管室へ運ぶのも、私アリスの仕事のうち。
自宅は学校から歩ける距離で、先生のお手伝いなら帰宅が遅くなっても、父はうるさくなかった。
「今回分はこちらだけですか」
「そう、重くて悪いね」
「いえ。では」
教師とそんなやり取りをして、物品を抱えて保管室へ。目録に記し分類して棚に収めると、私は書棚から本を一冊手にとって部屋の隅に落ち着いた。
これは青少年の健全なる育成を妨げるとして取り上げられたもの。女生徒の間で貸し借りされていた恋愛小説だ。
頭の堅い父は娯楽としては詩集か教養小説しか与えてくれず、こんな心ときめく本が世の中にあるとは、この学校に入るまで知らなかった。
もちろん家では読めない。だからここで三十分ほど読むのがやっと。
週に一・二度来ているけれど、今まで人が来ることはなかった。
なので、いきなり扉が開いた時には、息が止まりそうなほど驚き、慌ててお尻の下に本を隠した。
棚の向こうに靴が見える。手入れの行き届いた黒い革靴。コツコツと乾いた音をさせて、室内をゆっくりと移動する。
どうか、どうか隅にいる私を見落としてくれますように。いまだかつてないほど真剣に祈る。
そして身勝手な願いは、どこにも届かないもの。願いはすぐに絶望へとかわった。
「人の気配がするから珍しいと思ったら」
声の主は教師ではなく、同じ生徒だった。絶望から抜け出すと同時に目をみはる。
「こんな隅で、どうしたの?」
柔らかな微笑を浮かべているのは、女生徒の憧れブレンダン殿下だった。
こんなに近くでご尊顔を拝するのは初めて。にもかかわらず、私はみっともなく床に座りこんでいる……顔から火が出そうだった。
「立つのに手をかす必要があるかな。と言うより、本の上に座ってる? 小さな頃に『本を踏むと頭が悪くなりますよ』って、家庭教師に脅されたことはない?」
質問が続いてどうしていいのか分からない。
微笑みの雰囲気が変わったと思ったら。
「僕を先生と間違えて、慌てて隠したんだね」
言い当てて私の顔を眺める。「はい」しか書いてないと思うので止めて欲しい、とは言えない。これまで私は一声だって発していない。
殿下の手が差し出された。お借りしなくても立てます、と私が腰を浮かせたところで、手ではなくお尻の下に敷いていた本を取られた。
「ああっ」
小さく叫ぶ私を横目に殿下が表紙を読み上げる。
「幻の恋人〜禁断の情熱」
タイトルだけでそれはもう充分に恥ずかしいけれど、私の顔をさらに赤くさせたのは、本が私の体温で生温かいだろうことだった。