ベールの司祭
セナ・ケントは二階の廊下の窓から、庭にいる部下ライリーに「話がある」と合図した。
階段を一足飛びで戻ったライリーは、ケントが父のあとを継ぎ隊長職についた時に抜擢した男だ。皆の信頼も厚い。
「おかしなことになって、すまない」
若い娘とは思えないバージニアの突飛な意見に驚いているうちに、押しきられた……ような気がする。
別に廊下で寝てもいいと思ったのだが、女性二人揃って「一緒の部屋でなにが悪いのか」という顔をされては、説得する言葉がみつからなかった。
「おかしなこと、ですか」
ライリーが朗らかに返す。
「我々からは絶対に出せない案でした。遠征から戻って、司祭達に咎められたとしても『聖女の意向』が勝る。何しろこっちは浄化をお願いする立場ですからね。それに、私としては役得です」
役得? 尋ねる前に答えが返った。
「バージニア嬢と長く過ごせる。もっと親しくなりたいと願っていたんですよ」
「ライリー」
声が低くなった。
降参の形にライリーの両手が上がる。
「そんな怖い顔をしないでください、もちろん指一本触れません。まずは信頼関係を築くところから始めませんと。――隊長はミナミ嬢派かと思いましたが、バージニア嬢派ですか」
「なんだ、それは」
「このところ、ミナミ嬢に肩入れしているように見えたのは、私の思い違いでしょうか」
そこを話しておくべきかと考え、ここで待っていた。ケントは低く抑えた声で尋ねた。
「守護様と呼ばれるお方を知っているか、ライリー」
「あのベールの司祭ですか」
打てば響くように応じたライリーは、寛いだ雰囲気を一変させ、仕事の打ち合わせのように姿勢を正した。
「そうだ。最近は祈りに専念するため部屋にこもって姿を見せない、と聞いていたが、先日呼ばれて話した。言われたのは、こうだ『他所から来た聖女をよく見極め本物と判断したら、その体に傷のひとつも作ってはならない。そして帰さずに、何としてでもこの国にとどめるように』」
「それは?」
「俺にもよくわからん。だから、こうしてお前に話している」
「傷をつけるつもりはありませんが、念押しするようなことですか」
ライリーの疑問は自分の疑問でもあった。
ベールの司祭は、神に祈りを届ける存在とされている。毒沼の出現が限定的なのは「彼女」の力によるものとされている。
ベールの司祭は、こうも言った。厚いベールの下から伝わった気配は含み笑いだったか。
「引き止めに恋仲になるのが有効だと思えば、どうぞご随意に。ただし体に傷をつけてはなりません」




