これは聖女の能力ではなく特技です・3
私の通っていた藤堂スイミングスクールは、町に唯一の民営プール。やめ時を逃して中二まで泳いでいた私の目標中総体出場は、もちろん叶っていない。
競泳プールの隣には高飛び込み用のプールがあり、一番高い台は十メートルと聞いていた。
練習する人を見ていたから私でもいけると思ったのに、いざ高欄に立つと足がすくむ。
これだけ皆を期待させておいて「すみません、やっぱり止めます」とは言えない。
「女は度胸、社会人には責任」と唱える。
「あなた、スタイルいいわねえ。今の子は違うわ」
後ろにいたバージニアが、なんとも気の抜ける感想を述べた。
「足は真っすぐだし膝は出ていないし。昔と違って正座をしなくなったからかしら」
「胸もお尻も薄いですけどね」
私の体型は男性より女性に誉められることが多い。さて、肩の力も抜けたので。
「バージニア」
「はいはい、後は任されますわよ」
プカリと浮いている旗は、私が飛び込むことで流れにのるに違いない。でも大丈夫、何がなんでも追いついてやる。
「行きます」
大きく息を吸うと、私はためらわずに飛び込んだ。
私が死んだら、おそらく浄化の能力はバージニアへ移るから、この国は困らない。それでも死にたくはない。
水深が浅くて川底に激突する事を懸念していたけれど、聞いていた通り深かった。
浮上して水から顔を出したら、旗を見失っていた。橋を見上げると、手摺りから身を乗り出して口々に教えてくれる。示された先は結構な距離があった。
全力で泳げるのはせいぜい五百メートル。現役の頃ならともかく、今は週一泳ぐ程度だ。流して泳いで千二百、限界は千五百か。
などという心配は杞憂に終わり、旗を掴むことができた。持って泳ぐほうが体力を使う。着衣水泳ではもたなかった、できるだけ脱いできたのは正解。
それより問題は水から上がることだった。見える範囲に浅瀬はない。川底に足がつかないので、腕力で体を引き上げなくてはならないが、そんな力が残っているかと言えばいささか不安だ。
旗だけでも先に岸に投げようか、でもこれ届かなくて水に落ちたら、また追いかけなくちゃいけないんじゃ? と、考えていると。
「ミナミ嬢! ミナミ嬢!!」
大声で連呼するのは、土手を馬で走るケント伯だった。
「どこでもいい、草につかまれ!」
血相を変えて叫ぶ。
「つかまりさえすれば、引きあげる! 」




