これは聖女の能力ではなく特技です・2
バージニアと衛兵の彼にとっては当然の旗の「重さ」は、私には理解が及ばない。
「旗をなくしたりしたら?」
「破損でもあなた、場合によっては懲戒ものですわよ。戦中においても『お前の命なんかどうでもいい。旗を守れ』というお国もあったくらいですからね」
そう言うバージニアは、異世界でも戦争当事国にいたことがあるのだろう。
「懲戒って、クビですか」
重ねて聞いていると「ああっ」という悲痛な叫びが響いた。私の不適切発言のせいかと焦ったけれど、誰もこちらを気にする様子はない。では?
旗を見れば、風に煽られたのか川面についている。
「もう……もうダメだ……」
ガックリと座り込んだのは、今朝挨拶を交わした若い男性だった。そういえば彼が旗の係だと言っていた。あんなに張り切っていたのに、と気の毒に思いながら再び水面に目をやると、旗は吸った水の重みで枝から離れるところだった。
あの位置では、土手からは拾えない。そして事は急ぐ。
――後は私が腹をくくるかどうか。
「この橋、高さはどれくらいですか」
私の問いかけに、バージニアが目測する。
「十メートルは、ないわね」
「深さは?」
「この河は深くて流れがゆるやかなんだ」
答えたのは、旗が落ちたと教えてくれた衛兵。
バージニアが「まさか」とこちらを見た時には、私は既に背中のボタンに手をかけていた。
「バージニア、脱ぐの手伝ってください。この先に滝があったりしませんよね?」
「あるわけねえだろ」
見渡す限り平地、衛兵になに見てるんだと言うように軽く馬鹿にされた。一応確かめたまでなのに。
ドレスが足元に落ちた。どよめきが広がって、なぜかすぐに沈黙に変わる。
ドレスの下は、日本から着てきたキャミソールとバージニアが縫ってくれたハーフパンツ。
一瞬考えてからハーフパンツも脱いだ。合わせて周囲も息を呑んだような気がする。気を利かせて、目を逸らせばいいものを。
下着姿だと思えば恥ずかしいが、水着だと思えばこんなものと自分に言い聞かせる。
上下黒で揃っているから競泳用水着っぽい。転移した日に偶然上下の色が同じで良かったと、初めて思った。
脱いで軽くなったところで、腕をぐるぐると回し肩をほぐす。首を左右に振り足首と手首をゆるめる。
片脚ずつ膝をかかえて胸に寄せ、最後に三度飛び上がった。
仕上げに、拳で二度ずつ左右の胸筋に刺激を入れる。
私の脱ぎ捨てた服を腕にかけたバージニアは、どこからか気がついていたらしい。
「あなた、うちのスクールに通っていたのね。高飛び込みのクラス?」
「いえ、競泳の選手コースでした。専門は個人メドレー、最高成績は県大会入賞どまりです」
ゴーグルも欲しいけれど、贅沢は言えないし、もちろんある訳がない。




