私がアリス・ウォルターだった頃
細かな学校生活を書きましたが、お話にはほぼ関係しないので「そういう感じ」くらいにナナメ読みで問題なくいけます。
必要なところは、その場面にきて会話の中にまぜて行きますので、ストレスなく先へお進みください。
初めての異世界転移に緊張気味の私に。
「わたくしは異世界で言葉に困ったことはないの。あなたは、どうかしらね」
バージニアが尋ねるでもなく言って立ち上がる。まずはお任せしようと、私は半歩下がった。
結論から言えば、私にも言葉が理解できたし、日本語並みに話せた。
そして案内された屋敷をひと目見て、めまいのような感覚に陥った。
私の会った初のこの国の方、セナ・ケントと名乗った若い伯爵とは初対面であるのに、彼の屋敷には見覚えがあった。
風が懐かしいと感じたのも当然、バージニアと私がいた庭は、以前に私が住んでいた屋敷の庭だった。
かつての私はアリス・ウォルターという名で、父は子爵だった。住まいは侯爵家の所有する屋敷で、私の一家は母の実家の持ち家を借りて住む形だった。
通う学校は男女共学でも、学舎は別。私のいた一年生女子は二クラス。
高位の貴族はそれぞれの家で教師を雇い教育を施すので、貴族クラスの上は地方の有力ではない伯爵家、下は男爵家。一般クラスは準男爵家から平民。
本人の相応の学力と親に学費を払うだけの財力があれば、入学が許可される。
「優れた家庭教師を雇う余裕はないが、一人娘に学はつけねばならん」
という父の一声で、地方から一家で都へと移り住み、私はこの学校の生徒となった。
入学して驚いたのは王族が通っていること。男子部の二年生に在籍されるブレンダン・グランヴィル殿下は、現国王のお孫様だ。
背が高く見事な金髪とあいまって人目を引く。学校中の憧れの的で、殿下を好ましく思わない女生徒はいないと思う。
私もお姿を遠くから一瞬でも拝見するのが、日々の楽しみだった。
男子と女子は、季節ごとの行事を別にすれば顔を合わせる機会が少ない。
あるとしたら、共同で使用する施設の集まる職員棟への移動時にすれ違うくらい。
だから、まさか殿下とふたりでお話をするようになるとは、思いもしなかった。
私は入学早々に室長に選ばれ慣習で女子部一学年代表も務めることになった。
理由は多々ある。さすがに伯爵家の令嬢に雑用まがいの仕事はさせられないこと。
私にとってはそれが普通だったけれど、父が古いタイプで常日頃から行儀にうるさく、面接での私の立ちふるまいが年配の副校長先生を感心させたこと。
子爵家の娘といっても田舎出で「先生」を無条件に尊敬する考えが染み付いていたのも、都合が良かったか。
学年代表とは、生徒会役員が風紀委員と美化委員を兼ね教科係もするような、ていのいい「先生の子分」なのだった。