ケント伯とミナミの恋人談義・1
ミナミのお話に戻ります
ブレンダン殿下と保管室にいたのに、目に入ったのはケント伯のお顔。下から見上げるこの構図は見慣れないと、ぼんやりとする私。
「大丈夫か? ミナミ嬢。気分が優れないと聞いたが、今はどうだろうか。部屋を間違えるとは、よほどのことだ」
間違えた? 部屋を。
ここは私の……と見回すと、どことなく違う。造りはアリスだった時と同じでも――アリス? ほのか? ミナミ。
「失礼」
ケント伯がサイドテーブルへとランタンを移した。眩しく感じて、目をパチパチさせてしまう。
私はベッドで横になっていて、ケント伯はサイドテーブルに寄せた椅子に座っていた。
「私、部屋を間違えたんですね」
お借りしている部屋ではなく、アリスだった頃の個室へ来てしまったらしい。鍵はかかっていなかった。
「すっかり馴染んでいるように見えたので、我々の配慮が足りなかった。遥か遠き異国から来て心身共に負担になっていたのだろう」
親身になってくださるのを申し訳なく感じる。本当のところ、体調不良の原因は車酔い。昔のアリスは馬車で酔ったことはなかったのに、何かと快適な日本の生活で軟弱化したらしい、ミナミとなった私は揺れに弱かった。
今日少し遠出をしたらこの有り様で、自分でも今後が不安になる。でも、言うつもりはない。この国では徒歩以外の移動手段は馬か馬車なのだから。
「そうかもしれません」
寝起きで声が掠れた。
身を起こそうとすると「そのままで」と、ケント伯が私の肩を押さえてベッドにとどめた。
「勝手に入ってすみません。ここは……」
「使用していない部屋だ。家族に女性がいれば使うのだろうが」
屋敷は広い。大半の部屋が空いていて、たまに埃を払う程度に掃除をするだけなのは、アリスの時も同じだった。
「ケント伯、ご家族は?」
「母は早くに、父は三年ほど前に他界した。ミナミ嬢は?」
「父母がおりますが、私は別に暮らしています」
県外の大学へ進学したのを機に、私のひとり暮らしは始まった。就職で地元に戻ったものの、ひとり暮らしの自由を知ってしまうと実家に戻る気にはならなかった。
そういえば、奥様はいないと聞いたケント伯に彼女はどうなのか。
「恋人は?」
唐突な質問になった。
低い笑い声がし、どこか打ち解けた雰囲気が漂う。
少し頭を浮かせてケント伯の顔を見れば。
「『婚約者は』 とか『決まった相手は』と聞くのが一般的だからつい。失礼した。『恋人』か、いい響きだ」




