優しくされて号泣して
「似てきたね」
二ヶ月ぶりに行けた保管室で、ブレンダン殿下が言った。
「人真似が上手いのだろう。横から見た姿勢がそっくりで、見間違えそうになった」
言われてみれば、エミリーさんと私は背格好がほぼ同じ。違和感の正体はそこだと納得がいったものの、ざわりと嫌な感じを覚えた。
殿下が慰めるように言う。
「見間違えそうになっただけで、見間違えてはいない。少し疲れているね、ウォルター嬢」
「外に疲れがみえるようでは、いけませんね」
反省が自嘲気味だったらしい。殿下が考えるような顔つきになった。
「マナー講師をつける予定はあるのだから、なにもそこまで熱心に取り組む必要はないんじゃないかな」
「『そこまで』って、どこまででしょうか。お引き受けしたからには、責任をもってあたりませんと」
「――ウォルター嬢」
名を呼ばれて息をのんだ。今の私の言い方には、どう聞いても棘があった。
ムキになって殿下に言い返すなんて、最もしてはならないこと。
親に言い返したこともない私が、よりによって殿下に。今までだって馴れ馴れしくしすぎだと思うのに失礼がすぎる、どうしよう嫌われたに違いない。
もう二度と会ってもらえない。感情が渦巻いて、鼻の奥がツンとした。
「僕の言い方が悪かった。こう言いたかったんだ。君はよくやっている、と」
そんな優しい言葉をかけられたら。殿下のお顔を見つめるうちに涙腺が崩壊した。
わざとだ、泣かせようとして優しいお顔をなさったんだ。そう自分に言い聞かせても、もう止まらない。えぐっと妙な音までさせてしまう。
「泣けば済むと思ってはいません」
不思議そうな殿下に、訴える。
「泣いてごまかそうとしても、いません」
「お父上が、そうおっしゃるんだね。僕はそんな風に思わない。これはあまり言わないで欲しいんだけど、僕はよく泣く子供だったから」
「で……殿下、が?」
「うん。兄と喧嘩しては泣かされていた。今なら負けないと思うけど、あの頃は体格差があったから」
「小さい殿下、想像がつきません」
「そう? 絵がある、いつか見せよう。僕が女性に一番人気のあった三歳の頃の絵を」
今だって人気があるのを知らないはずはないのに。思う私の前で、これみよがしに遠い目をしてみせる。
「あの頃は、無敵だった。天使の微笑みに胸を撃ち抜かれて正気を失った子守がいたくらいだ」
そんなに!? さすがにそれは盛りすぎ。疑念が湧く。
「三歳で覚えていらっしゃるものでしょうか」
「気がついてしまった? 実は僕も聞いた話だ」
話しているうちに涙は止まった。ハンカチで鼻を押さえると、殿下は視線をそらしてくれた。その間にチンとする。
「それにしても、先生方がここまで君に任せきりにするとは思わなかった」
同意のしようがないので黙ると、殿下は視線を戻した。
「君にも何かいいことがないと可哀想、か」
「いえ、トラバスさんがクラスに馴染んでお友達を作ってくれれば、それで充分です」
「無欲だね」
そんなことはない。殿下とお話ししたいとずっと思っていた。そんな大それた望みを持つ私は、誰よりも欲深い身のほど知らずだ。




