転入生の無邪気
エミリー・トラバスは、とても素直な人だった。人にものを聞くのにも、ためらいがない。
「アリスさん、今なにしてるんですか?」
ウォルターと呼んでもらうことは数日で諦めた。アリスに「さん」をつけてくれるだけいいと思うようにした。
私の手元にあるのは、集めたばかりの紙束。
「提出物を出席番号順に並べています」
「なんで?」
家のなかならともかく外でその言葉使いは雑すぎる、と居合わせた全員が思っているはずだ。
「『なんで』ではなく『どうして』と言う方がいいと思います――揃えておけば、先生がご覧になりやすいので」
「そんなことまでアリスさんにさせるほど、先生って偉いんですか?」
「そういった事ではなく、私が自主的にしているだけです」
エミリーさんが、ぱあっと笑顔になる。
「アリスさんって気が利きますね。だから先生のお気に入りなんですね!」
そこかしこで聞き耳が立っていると感じる。堪らなくなった私の口調は硬い。
「すみません、少し静かにしていただけませんか」
「ごめんなさぁい」
エミリーさんは愛らしく首をすくめた。
ある時の授業では。
「ここまで分からない人はいませんね」
教える手を止めるつもりのない、教師のきまり文句だ。
「はいっ! 私、わかりません」
声の主は、言わずと知れたエミリーさん。
「先生、わかるようにお願いします」
そんな発言は初めて聞いた……室内に驚きが満ちる。
無邪気な彼女に困惑した教師と視線がぶつかれば、言いたいことは理解できる。私は授業後エミリーさんに声をかけた。
「あれでは、授業が進みません」
「でも、先生に分からないって伝えないと。私以外にも分からない人がいて困ってるかもしれません」
人の心配をする立場ですか、とちらっと思ってしまった。
「授業は出来る方の邪魔にならないように、すべきです」
「みんな、同じ授業料を払ってるのに、それはおかしくないですか」
納得がいかない様子でエミリーさんが言い募るから、私もさらに言うことになる。
「授業についていけないのなら予習をする、予習をする学力がないのなら、せめて復習をする。出来ない自分を基準に考えて、出来る方の足を引っ張るのは感心しません」
他にも、様々なところで同じようなやり取りがあった。そのたびに彼女が不満そうではあるものの落胆したり悲しげにするのを見ると、なんだか自分が意地悪をしているように思える。
「これは頼まれた教育係としてのお仕事で、彼女のため。私が好きでしているわけじゃない」
声に出して言いたいくらいだ。
職員室へ行けば、教師目線で彼女の気になる点をあげてくださる。伝えるのはこれまた私の役目、彼女の反応を思うだけで気が滅入った。




