教育係アリスの別名は珍獣係です
お話は「ミナミ」が「アリス・ウォルター」だった頃に戻ります
二学年に進級するタイミングで転入してくる方は、エミリー・トラバスさん。
彼女は平民なので、私アリス・ウォルターと同じクラスにはならないはずが「貴族子女の立ちふるまいを身につけさせたい」という保護者の意向により、貴族クラスに編入された。
強引に思える要望が通るのは、ブレンダン殿下のお話によれば「トラバスは亡くなった母の姓。彼女に見込みがありそうなら、さる侯爵家が養女にするつもりでいる」から。
殿下から聞いた数日後、教師に「転入生の教育係を頼めないか」と打診された私は、すぐに「はい」とは言えなかった。
学年が上がれば勉強も難しくなる。行事は二年生が中心だから執行委員もきっと任される。これ以上は手に余る。それに、人に教えられるほどの身でもない。角の立たない断り文句を考えていると。
「難しく考えなくていい。ウォルターさんはお家がしっかりしているから、一緒にいるだけでトラバスさんのよいお手本になる」
先手を取られた。
「学校生活に慣れたところでマナー講師をつけるにしても、そこまでは室長が責任をもって面倒をみるべきだろう」
私が室長になるのは既定だと告げられたようなもの。これは断れる雰囲気じゃない、黙って頷くのが精一杯だった。
「エミリー・トラバスです。こんな素敵な学校に通えるなんて、本当に嬉しくて天にも昇る心地がしています。舞い上がっちゃいそう。私のことはエミリーと呼んでください。好きなことは、歌うこと。特技は誰とでも仲良くなれることです。学校にいる全員とお友達になりたいです」
「簡単に自己紹介を」と教師に促されて、艷やかな亜麻色の髪が印象的な転入生は明るく元気に挨拶した。見た目の可愛らしさと違い、押しが強い。
「夢は、いつか王室のお茶会におよばれすることで」
「あとは仲良くなってから、順にね」
教師が止めなければ、まだ続いただろう。私を含め全員がただただ圧倒されていた。
半日経つ頃には、彼女を表す言葉は「珍獣」になっていた。私に聞こえるところでは誰も口にしないけれど、皆の前であらためて教育係に指名された私は「珍獣使い」と呼ばれているに違いない。
一日めから彼女は貴族クラスでは異彩を放っていた。だからといって平民クラスにいても溶け込めはしなかったと思う。
「トラバスさん」
「エミリーと呼んでください。私もアリスって呼びますから、ね?」
ニコニコと屈託のない彼女に「いえ、クラスのどなたもそのような呼び方はしません。お家同士よほど親しいお付き合いでもなければ」と言うと、悲しそうにへニョリと眉が下がった。




