思慮深いブレンダン殿下
「先ほどケント伯といらしたのは……」
遠回しに尋ねた。
「ダニエル殿下、国王陛下の第一子で次期国王となられるお方だ」
やはりダニエル殿下だった。
「陛下のお子様はおひとりですか」
「弟君ブレンダン殿下がいらっしゃる」
「ケント伯はブレンダン殿下のご学友でいらっしゃったのですよね、たしか。どのようなお方なのですか」
自然な流れのように装ったけれど、内心はドキドキだ。
「大変思慮深い方で、軽々しい振る舞いはなさらない。慎重にお選びになる言葉には、一言に重みがある」
別の人。この世界のブレンダン殿下は、私の知る殿下とは全くの別人だ。
気が抜けたような、どこか安堵したような。でも心の底では落胆しているのか、自分の気持ちが自分でも分からなかった。
気持ちの波がおさまると、ケント伯が私を注意深く見ていることに気がついた。ダニエル殿下についても話題にしなければおかしい。質問を取ってつけた。
「ではお兄様は、どのような」
「既に『名君になられる』と期待も高い。博識で公明正大な方だ」
「この国の将来は安泰ですね」
率直に述べると、軽い頷きだけが返された。
憂いは毒霧だろう。発生地が王家の所有地だけに、妙な噂が立てば民に動揺が広がるのは、私にも容易に想像がつく。
「部外者の私に教えてくださり、ありがとうございました」
「部外者ではない。私の職務は聖女と共に使命を果たすこと。コール嬢とミナミ嬢が素晴らしい力を持つ聖女であると証明された上は、全力でお護りする」
真っ直ぐな瞳には、一点の曇りもない。惰性で仕事をこなしていた私には眩しすぎて、そっと目をそらした。決して「顔が良すぎる」せいじゃない。
「ミナミ嬢は施療院で働いていたと聞いたが、お国でも聖女として?」
今度は私が質問に答える番だ。
「いえ。暮らしていたのは『聖女』の存在しない国です。先にお伝えしますが、私は医師でもありません。仕事は裏方です」
「コール嬢は? 」
「バージニア本人にお尋ねになる方がよいかと思いますが、小さな子供達を預かり教育していました。お気づきでしょうけれど、良家の子女でいらっしゃいます」
「ミナミ嬢も『良家の子女』だろうに。揃って慈善活動とは立派なことだ」
ケント伯の頬が緩むのを不思議な気持ちで眺めてから、大きく首を横に振る。考え違いも甚だしい。うちは両親共働きの一般家庭で、私の労働は慈善活動ではなく生活費を稼ぐためのもの。
「いえ、そんな高尚なものではなく……」
「そういうことに、しておこうか」
目元まで和らげられては、重ねての否定はできなかった。
実力主義。頭に漢字四字が浮かぶ。ケント伯は実力主義者で私達は認められたのだと思うことにする。
少なくとも仕事がやりやすくなったのは確かだった。




