転生転移聖女と隊長も踊る
ひとりでいても、適度な距離をおいて衛兵がまぎれているだろうから、私が困ったらたぶん何とかしてくれる。なんて図太い考えを持つのはアリスだった頃には考えられない。
あの頃は夜会や舞踏会という言葉に憧れていて「いつか私も綺麗なドレスを着て、一度くらいは行ってみたいものだ」と夢想していた。
扉のあたりがざわつく。見ればダニエル殿下がお通りになるところだった。聖職者との面談にいらしていただけで、ケント伯を従えてここは素通り。
ダニエル殿下のお顔を見るのは今日が初めて。ここからでは目を凝らしても、ブレンダン殿下に似ていらっしゃるかどうかも分からなかった。
「コール嬢は副隊長と一緒か」
殿下の見送りからそのままケント伯がこちらへと来た。
「すみません、残っているのが私で」
軽口のつもりだったのに
「そんなつもりで言ってはいない」
真顔で返されて、居心地が悪くなる。
「下手なのでダンスには誘わないでください」
落ち着かないついでに、誘われもしないのに図々しく先回りした。
「そうもいかない、誘うのが礼儀だ。女性が断るのはかまわない」
ケント伯は大切なことを言わない。身分が下の女性に断られるのは不名誉なことであると。
歓迎会に参加するのは、私にとってもこの方にとっても仕事のうち。ならば大人げない態度ばかりを取るわけにもいかない。私は諦めて「よろしくお願いします」と日本式に軽く頭を下げた。
ダンスの下手な人は足元ばかり見ると言われるように、私も下を向いてしまう。
「礼を言う」
ケント伯が言った。
なにに? と思った瞬間、足が当たった。とっさに体重を逃し、思いっきり踏みつけないようにする。
「すみません! 痛くなかったですか」
「当たっただけだ」
ケント伯が顔色ひとつ変えなかったことにほっとしながらも、再度「すみません」と謝る。
「踊らなくても、話す姿を見せればいいだろう」
そう続いたのは、やはり踏まれた足が痛かったのか。自分でも承知しているけれど、私のダンスが耐えられないほどヒドイか。実はケント伯もダンスが苦手か。たぶん前のふたつだと思う。
私は申し訳ない気持ちで控えめに頷いた。
「誰に」話す姿を見せればいいのか、答えは「支援者に」だ。
遠征には多大な費用がかかる。今回異世界から聖女を呼んだのは「この世界に新たな知識をもたらすため」と、一般には説明される。
王家所有の土地で原因不明の毒霧が発生している、などと言えるはずもない。
「聖女から未知の生薬を学び医薬の発展に努める」が表向きの理由となった。




