ふたりで迎えた朝
ケント伯が週末お休みなのは、珍しいらしい。
翌朝目覚めると部屋には私ひとりだった。夜はベッド以外目がいかなかったけれど、二間ある広い部屋だ。
そういえば、独立したシャワールームがガラス張りで驚いた覚えがある。使用後に拭き上げたくなった。
女性の朝の支度を見ないようにとの配慮か、遠征中もこうして部屋をあけてくださっていた。
日本でもそうなのだと思えば、ほんのりと温かな気持ちが湧く。
途中、お互いを呼ぶ時も「ケント伯」「ミナミ嬢」だった。いきなり「ケントさん」「ほのかさん」に切り替えるのは難しい。
ケント伯はどこに行かれたのだろう。ベッドサイドにあった館内案内を手繰り寄せた。
レンタルした水着の肩にバスタオルを引っ掛けた姿で、プールサイドにあるデッキチェアのひとつに浅く腰掛けた。
おひとり、見事なクロールで泳ぐ方がいる。もちろんそれが誰であるか、私は知っている。
ホテルにしては本格的なプールなので他にも本気で泳いでいる方はいるけれど、群を抜いてケント伯が速い。
体格差がある私では、太刀打ちできない力強い泳ぎを惚れ惚れしながら眺めていると。
壁にタッチした伯がこちらに気がついて、水からあがり隣へ腰掛ける。髪から肩から滴る水に、バスタオルを貸して差し上げる。
「もう起きたのか」
「せっかくプールがあるから、久しぶりに泳いでみようかと」
スポーツクラブには通っていないから、貴重な機会なのだ。
「俺もミナミ嬢に教えを請うか」
「ご冗談を。全種目習得済みでしょう? 習い始めは藤堂スイミングスクール」
「藤堂スイミングスクール」
声がかぶる。
「ミナミ嬢に水泳を習うブレンダン殿下が、羨ましかった。あの肢体をひとり占めだろう? 腹の底が焦れるようだった」
さらりと告白された。「あの肢体」って、それほどのもんでもありませんが……照れついでに、腹と聞いてケント伯のお腹を見てしまったけれど、股間を見たと勘違いされたかもしれない。
水に濡れての色めいた笑みは、目の毒。
「ミナミ嬢が泳げるほど元気なら」
私の耳もとに唇を寄せる。
「ベッドへ戻ろう。まだ満足できない」
充分したでしょうよ。驚く私のポカン口はそうとう間抜けに見えると思う。
明るい顔で「まずは食べよう、朝食をオーダーしてくる」と立ち上がったケント伯は、「いや良かった、ミナミ嬢に体力があって」と続けた。
――なんだか恐ろしいことを聞いたかも。
これは体力を温存するために泳ぐのを止めるべきでは。半ば本気で考えながら、去っていくケント伯の真っ直ぐに伸びた脚を眺めた。




