ミナミだったほのかの選択
ウェイティングバーにケント伯の背中を見つけた。永の想い人に再会したような切ない気持は、私にしては珍しく昼食を食べそこねた空腹感が引き起こすものだろうか。
もうディナータイムだ。
あと少しケント伯の背中と窓の外の夜空を堪能したい。入口で立ち止まっていると、バーテンダーに知らされてケント伯が振り返る。
「日ごろの疲れは軽くなった?」
私が「お待たせしました」と言う前に、爽やかな笑みで迎えてくれる。
「おかげさまで」
「黒もよく似合う」
日本ではごく自然なエスコートでも、人目をひく。半年異世界にいたおかげで、されて当然のような顔を作れるまでに私も成長した。……地元では可能な限りご辞退申し上げたいが。
「ありがとうございます。でも、いいんですか。靴やバッグまで」
「その服には合わない」
おっしゃる通りでございます。
席に案内されると係の方に断りを入れ、慣れた様子で私のために椅子をひいてくれる。
ついでのようにネックレスが降ってきた。長めなので留め金を外さなくてもつけられる。
目に入ったのは白金色に青い石で花のモチーフ。大人でもいける洗練された可愛らしさだ。
向かい合わせに座ったケント伯がちらりと眺める。
「選ぶほどなかった。今度一緒に見に行こう」
「ちょっとお金を使い過ぎでは?」
私もケント伯といると金銭感覚がずれそう。
「普段は使う暇もない。それに、会えて浮かれているんだ。これくらい許してくれ」
肩を少し持ち上げる仕草もまた嫌味なほど板についている。
土曜の夜で、ほぼ埋まっているテーブルから時折視線を感じるのは、気のせいじゃない。
私がリラックスしていられるのは、防具がわりのワンピースとネックレス、足元を見られても大丈夫な靴のおかげだ。
「乾杯」
シャンパンで通して、最後ケント伯は蒸留酒、私は遠慮する。途中から話に夢中になった。
「いい加減『ケント伯』は、やめないか。ミナミ嬢」
「それを言うなら『ほのか』です」
返して、ネックレスで指先を遊ばせていることに気がついた。酔った時の私の癖だ。あれ?
「ケント伯……くん。車でしょう? お酒」
うっかりしていた。一緒にいる時は馭者つきの馬車で移動していたから、気にもしていなかった。
ケント伯が肘掛けに片肘をつき、顎をのせた。
「部屋はとってある。決めてくれ、泊まるか、泊まらないか。帰るならタクシーで送る」




