気分はすっかりお嬢様
「話した時に、顔色と息切れが気になった。初期の心筋障害でまず間違いない」
その場でケント伯の所属する大学病院へ紹介状を送信して、バージニア・藤堂櫻様にすぐ受診するよう勧めたのだと言う。
「問診だけで、よくわかりましたね」
かつて異世界に行った日、救急隊員からの電話では「心筋梗塞の疑いで搬送します」と言われたから、大当たりだと思う。
「餅は餅屋だ」
少し笑っているところをみると、ケント伯も部下達がおまじないと勘違いして「モチはモチヤだ!」と叫んでいたことを、思い出したのだろう。
「ミナミ嬢は俺より十歳下だと思っていたから、さすがに未成年はまずいと自重したのに。こんなことなら待つんじゃなかった」
悔しがるから、今度は私が笑ってしまう。
異世界に渡った日、アリスの続きを生きるかのように容姿が十年若返った。あちらでは年の差があったから、そう考えて当然だ。今は二歳差。
この十年を埋めるように話しているうちに到着したのは、富裕層向けに新しく建ったと聞く外資系ホテルだった。ケント伯はいいとして、私は普段着で気後れする。
地下駐車場からそのままショッピングモールへと行き、何となくウインドウを眺めながらついて歩く。
「ミナミ嬢に似合う服と着回しのきく服、どちらがいい?」
聞かれて「着回しのきく服」と答える。
店に入るとケント伯は「黒のワンピースを」と、店員に頼んだ。確かに黒なら何枚あってもいい……が。
「ケント伯、ゼロがおひとつ多いように見えますが」
お店の人の目を盗んで囁く。自分では絶対に買わないお値段だ。
「何を言う、あっちのドレスに比べたら安いもんだろう」
それはそう。確かにドレスはすべてお仕立てを頼むから、お高い。私の月給の四か月分くらいのイメージだ。それをホイホイくださった殿下は、すごい。
「ドレスは自分で買うものじゃないから」と気にせず貰った私も、別の意味ですごい。
奥にワンピースを探しに行ってくれた店員さんは、まだ戻らない。
「こちらへ戻ったら、すっかり金銭感覚が変わっていた。使用人は雇わなくていいから生活費はかからないし、馬車を所有することを思えば保険料が高くても車の維持費は安いものだ」
しみじみとおっしゃる。最低でも馬数頭、厩舎、馬丁、御者、馬車、餌代。きっと他にも費用がかかる。ウォルターの家は、使用人もいなければ自前の馬車も持たなかったから、考えたこともなかったけれど。
「納得したなら、服の一枚くらい贈らせてくれ」
そこで服を抱えた店員さんが戻って来て、会話は中断された。
その後は同じ階の美容室でヘッドスパと髪のセット。届けられた服を着て靴を履き、小ぶりでお洒落なバッグを持って、ケント伯の待つ最上階のレストランへ足を踏み入れた時には、気分はすっかりお嬢サマだった。




