これからの殿下と私・1
今日は街の商店街で開催されている春祭に誘われた。ブレンダン殿下は視察、私はお供だ。
「今日なら淑女も食べ歩きが許されるよ」
「結構です」
「女の子はみんな彼と出掛けて、頬についたソースを舐め取られたがっている、と聞いたよ」
前半はともかく、後半はどこかで嘘を教えられたに違いない。人前でそんなイチャイチャする国民性ではないと信じたい。
「歩きながら食べるのは、お行儀が悪いし落ち着きません。服にソースが垂れたり、どなたかの服につけてしまったら大変なことです。手にゴミを持って歩くのも嫌です」
日本のお祭りでも食べ歩きはしなかったのに、下町でもない商店街でするわけがない。ウォルターの父母も日本の父母も、子供の手がベタベタになるのを、それはもう嫌がったものだ。
きっぱりとお断りする私を予測していたかのように殿下が提案する。
「そんな優等生の君には、ちゃんと椅子のあるお店を紹介しよう」
自然に伸びた手が、幼稚園児のように繋がれる。
「どこかへ行ってしまいそうで、目を離すのが怖い」と言われれば、断れない。
殿下が足を止めたのは、国王御用達の看板をかかげた茶葉の店だった。
「奥に試飲用のスペースがある。昔王宮で働いていた者が始めた店なんだ」
それならば、目立たないように同行している護衛の方々も一息つけるだろう。
ドアチャイムを鳴らして入店すると感じの良い初老の店主が迎えてくれた。
十代の女の子らしいことをさせてくれようと、ブレンダン殿下はこうして色々な場所に、機会を見つけて連れ出してくださる。
服の品質を少し落としたくらいでは殿下の輝きは損なわれず目立つので、バージニアと出掛けた方が気楽であるのが正直なところ。
私を口実にして殿下が外出したいのだと理解して、ご一緒している。
お店の奥まった個室に腰を落ち着け、殿下と向かい合わせになる。普段は広い部屋でお茶を飲むから、個室居酒屋のようなこの狭さは新鮮だ。
試飲らしく三種のお茶がそれぞれのティーポットで出された。
お茶を注ぐのは私の役目。女だからではなく、殿下が私の手つきを眺めるのがお好きだから、だ。
「君が淹れてくれると、香りが増す」
「そんなはずはありません」
品よくカップを持ち香りを確かめる伏し目の殿下は、私の「記憶に残したい一瞬」のひとつだ。
「なにか僕に相談があるって?」
「はい」
馬車のなかでした会話の続きを、ここですることにした。




