餃子と恋話
ミナミという名は残さずにアリス・ウォルターに改名することにした。本名は水野ほのかなので、ミナミに拘る必要がないと思ったから。
ケント伯の「ミナミ嬢」と呼ぶ声が耳に残っているせいでは、ない。
ケント伯の屋敷は褒賞として私かバージニアにというお話があり、私が辞退しバージニアがいただくこととなった。
まだ私もここで暮らしているけれど、ライリーさんが住むようになれば出ていこうと思っている。
たまに遊びに来るくらいがちょうど良く思えた。
「これ、包むのも料理長にお任せしたらいいのでは?」
「料理長より私の方がふっくらと包むの。それに、自分でするから楽しいのよ」
バージニアとふたり、せっせと餃子の皮で肉ダネを包みながら、おしゃべりをしているところ。
「今日、ライリーさんは?」
「焼きあがる頃にいらっしゃるんじゃないかしら」
その後、新たな毒沼は見つかっていない。私の力は毒沼限定、バージニアの力は毒による精神障害限定なので、もはや需要がない。
遠征から戻ってのあれこれが済むと、暇と言っていい日々が続いていた。
逆にライリーさんはご多忙になり、それでもバージニアに会う時間を作るため、毎日のようにこちらへ顔を出し、時間があれば食事をしていく。
「仲良しですね。バージニアは、元のご主人を思い出したりしませんか。藤堂様だった頃の」
私の少し不躾な質問を気にする風でもなく、バージニアが微笑する。
「藤堂のお葬儀も十三回忌もつつがなく済ませて、肩の荷が下りたところだったの。家族ではあったけれど、今ライリーさんと比べることはありませんわね」
少しわかる気がした。
「アリスは? ミナミだった頃の彼を思い出す?」
「いいえ」
「では、ケント伯に遠慮して?」
何気なく聞かれて動揺した。
「手が止まってる」
母のように指摘されて、反射的に「はい」と答えてしまう。
この「はい」は「手を止めないで動かして」に対しての「はい」であり、問いの返事としては。
「そういうわけではありません」
「私はブレンダン殿下といる時のアリスは年相応で可愛いと思うのよ。社会人のミナミではなくお嬢さんアリスで。お節介を承知で言うのなら、そろそろ殿下のお気持ちに応えて差し上げてもいい頃だと思うわ」
はい、出来上がり。六十個の餃子が並んだ。ちょっと作り過ぎのような気がする。待ち構えていた料理長が焼き始める。
「バージニア嬢、こちらですか」
声がした。勝手を知るライリーさんは案内なしに来る。
「本当にいいタイミングでお越しですね」
「餃子の時は特にそうなの」
異世界でも餃子人気は変わらないと、私達は納得しあった。




