世界を魅了する三歳児です
今日はここまで。ラドクリフ様はブレンダン殿下のお戻りを待たずに席を立たれた。
黄花藤の時同様、今回も情報量が多かった……と思い返すうちに、誰かが呼びに行ってくれたらしい。
「ラドクリフ嬢は帰ったのか」
戻られたブレンダン殿下が、空席に目をやる。
「彼女は元より僕に興味はなさそうだったけれど、今日あらためて実感したよ」
「ブレンダン殿下を好きにならない女の子がいるんですね」
学生時代を思い出しても、目がハートじゃない女の子は見当たらない。
「嬉しいことを言ってくれる」
はい、これ。殿下が窓辺に立てかけたのは、片手に持てる大きさの絵だった。
立派な額のなかで、天使のように愛らしい男の子が、積み木を片手にこちらを見ている。今にも話しかけてきそうな精緻な絵だ。これは、もしかして。
「会う女性全員をとりこにした伝説の三歳児最強ブレンダンだ。どう? アリス」
おどけて片目をつぶる殿下。これは自慢していい可愛さだ。
「すごく可愛いです。お部屋に飾りたいくらい」
率直に誉める。
「あげる」
「え?」
「君にあげる。近い将来同じ屋敷に住むのだから、所有者がどちらでも同じことだ」
なんだか驚くべき発言をサラリとなさった気がする。私がお顔をしげしげと見れば、とても感じの良い微笑が返された。
「殿下のおっしゃった『私にもいいこと』が、この絵だったんですね」
お返事がない。あれ、違いましたか。そう聞こうとしたところで。
「そう」
肯定された。
「一生大切にします」
「僕も一生大切にする」
この絵はくださったのに。戸惑う私の手を殿下がすくいあげる。
「生涯かけて、君を。僕の大切な大切なアリス」
真顔で愛しそうにおっしゃるから、全身が一気に熱くなる。顔は一瞬にして真っ赤になったことだろう。
これはキスをされる流れだ。経験の浅い私にもわかる。
でも「この部屋にはおふたり以外どなたもおられませんよ」と壁際から主張する応接メイドの存在を忘れるなんて、私にはできない。
顔を背けて亀のように首を縮めた。
無粋な態度に呆れただろう殿下は、それでも笑って許してくれた。
「まだ、お預けか」
ごめんなさいと言うのも妙なものだから、首だけをへこりと動かして謝る。
ラドクリフ様が教えてくれた。
「ブレンダン殿下の前では、ケント伯の『ケ』も出せないと言われているのよ。不快感をお顔に出されるのですって。それが噂に拍車をかけるの」
それこそ噂の尾ヒレと解釈したけれど……こっそりと殿下の顔色を窺ったのに、目が合う。
殿下の表情は、保管室で私のお尻の下から本を取り上げた時のお顔と同じだった。




