「横恋慕からの強奪」という噂話・3
ケント伯が姿を消してしまったことで、問題がいくつも生じた。
殿下が「厄介」と呟いた理由が、日を追うごとに私にも分かるようになった。エミリーさんのように皆の記憶からも消えてしまえば、最初からいないのと同じ。ケント伯はそうはならなかったから、ややこしい。
失踪という言葉が一番近いけれど、それはまずい。
毒沼の存在は隠されてきたので「身を挺して毒沼を消失させた英雄的行為」を称えることも、出来ない。
最終的に「聖女の側で過ごすことにより、元よりあった『神を知りたい』という願いが高まり、神学を学ぶべく他国へと旅立った」と広めると決まった。
これが通用するのは、情報伝達手段が限られるこの世界だからこそ。
隊長職はしばらく空席となるが、王家の後押しを受けてライリーさんが就く予定。
口約束での条件は「将来的にバージニア・コール嬢を妻とする」で、ライリーさんは「願ってもない事です」と即応したらしい。
それはそうと、面白おかしくなっている噂話に戻らなければ。控えめに否定を試みる。
「私の知るお話と違いますが……」
「女性ひとりの為にケント伯ともあろう方が世を捨てるとは私も思いませんわ。皆様を誤解させたのは、間違いなくブレンダン殿下の態度ですわね。伯を追い込んだのかもしれない」
さすがにそれは無い、殿下が聞いたら目を三角にしそうだ。気まずい思いで口をつぐんでいると、空気を読んだのか、ラドクリフ様が思い出したように教えてくれる。
「そうそう、ソマーズ侯は『ご息女』をブレンダン殿下の妃にする事をまだ諦めていらっしゃらないようよ。噂によると」
ソマーズ侯、どなたでしたっけ。ものすごく考えてようやく「エミリーさんの後見人でアグネスさんのお義父様」と思い出す。
「何か耳に入ればお知らせするわ」
なぜそんなにご親切? とはお尋ねしていいものだろうか。内心悩んでいると、理由はすぐに明かされた。
「父とソマーズ侯は昔から反りが合いませんの」
なるほど、なるほど。合点のゆく私の前で淑女らしい笑みを浮かべるラドクリフ様。
「今後は、たまにはこうしてお茶などいかがかしら。ブレンダン殿下はまず良い顔をなさらないでしょうけれど」
「ありがとうございます、ぜひ」
ラドクリフ様のご提案に「結構です」とは私には言いづらい。
満足げに頷き、どこからか「ふふん」と聞こえそうなご様子に、殿下のしかめっ面が思い浮かんだ。




