「横恋慕からの強奪」という噂話・2
ラドクリフ様が、あらためて私を見た。
「見目がお変わりになりましたわね」
おっしゃる通り。
「元の国へ帰らないと決めたら、このように」
どなた様へも理由はこれで済ませている。聖女という存在が珍し過ぎて何でもありになっているのか、深く追求されないので助かる。ラドクリフ様も他の方同様、すぐに話題が変わった。
「協力してとお願いしましたけれど、まさか立場を変わってくださるなんてね」
「私何をしたということもないのですが……」
正直にお伝えすれば、ラドクリフ様は華やいだ笑みを結ぶ。
「私を解放してくれたのですもの、充分でしてよ」
私達が遠征から戻るとすぐに、ラドクリフ様はブレンダン殿下の妃候補から外れたらしい。ラドクリフ様以外に王家公認の妃候補はいらっしゃらないので様々な憶測が飛び交っている、と教えてくれたのは当のブレンダン殿下だ。
「どんな些細な不安もアリスに感じさせたくないからね」
誰もが見惚れる微笑でそんな事をおっしゃるから、困ってしまう。
思い出した先日の殿下とのやり取りを頭の隅に追いやり、
「それで、ラドクリフ様がお待たせしていたお方とはその後……」
気になっていた事をお尋ねする。
「年がかわってから婚約するつもりなの。結婚までは一年かかるでしょうね、準備はしっかりとしたいのよ」
「おめでとうございます」
「ありがとう」
幸せな話を聞くのはいいものだと、こちらまで嬉しくなる。
お茶を口にしたラドクリフ様が口元を引き締めたのは、たぶん照れだ。
「少しはお茶会らしいおしゃべりをするべきかしら」
噂話には疎くていらっしゃるのでしょ、と決めつけられた。その通りなので素直に認める。
「今一番関心を持たれている噂は『ケント伯が心を寄せる聖女にブレンダン殿下が恋心を抱き横取りしたせいで、ケント伯が世をはかなんで出家した』よ」
驚き過ぎて声もない私に気を良くして、ラドクリフ様が告げる。
「こうおっしゃる方もあるわね。『殿下の恋敵になりたくはないと身を引いたケント伯が、聖女の側にいるのは辛いと言い残し放浪の旅に出た』」
どちらも間違っている……けれど、完全なる間違いとも言えないところがすごい。
誰も真実を知らないはずなのに、根も葉もない噂の底力を見た思いの私から出たのは。
「はぁ」
何とも間の抜けた声だった。




