「横恋慕からの強奪」という噂話・1
ラドクリフがアリスに会いたいと言ってきているが、午後のお茶などどうだろうか。
ブレンダン殿下に打診された時には、意外に思った。
黄花藤観賞会で虫をはらってくれた元同級生――ラドクリフ様の記憶にアリスはいないので、私がそう思うだけ――であり、これまでブレンダン殿下のお妃候補とされ、他の方と結婚させてもらえなかったご令嬢だ。
これもまた記憶から消されてしまったが、ベールの司祭と呼ばれたエミリーさんについてヒントをくれたのも、ラドクリフ様。
なぜ私に会いたいと思われたのかはともかく、お断りする理由はなかった。
晩秋に夏の庭を訪れる者は少ない。という理由で、ラドクリフ様とのお茶の席は、王宮の夏の庭に面した部屋にセッティングされた。
「盛りを過ぎて放置された庭も、また良いものですわ。誰にも見向きされないその物悲しさに親近感を覚えます」
「ラドクリフ嬢、私に何か言いたい事があるのであれば、もっと直接的で構わないよ」
お茶のテーブルにつくのは私とラドクリフ様のふたりだと思いこんでいたけれど、ブレンダン殿下もいらした。
そして庭に目をやりしみじみとするラドクリフ様に、秋風のような冷ややかさを吹き込むのは殿下だ。
品の良さを存分に発揮するラドクリフ様に対してその言いようはいかがなものか。私ひとりがハラハラする。
「殿下に申し上げたいこと? ひとつもございませんわ。内々にでも謝意をお示しくださった事に父はいたく感激して、娘が危うく婚期を逃して取り返しのつかない事になりそうだったなんて、頭からすっかり飛んでしまいましたから」
うんざりとした心情を隠そうとしない殿下は、ラドクリフ様と気心の知れた仲なのだ。私は全力でそう信じることにした。
「それより、殿下。殿方がいらしては盛り上がる話も下がりますわ。席を外して頂きたく存じます」
「――それも『約束』のひとつだったね」
殿下がおっしゃるのは、お妃候補として長々と引っ張ったお詫びという意味だろう。話し相手が私ではラドクリフ様に得るものがあるとも盛り上がるとも、思えないけれど。
渋々立ち上がる殿下に、ラドクリフ様が視線を投げる。
「使用人は残していかれるのですもの。内容がお気になれば、後ほどお尋ねくださいませ」
このやり取りだけを見ればまるでラドクリフ様が女王のようだ。ご令嬢の適齢期を無駄に引っ張るのは、それだけ罪深い行為である。おふたり共通の認識なのだろう。
「話が済む頃に戻るよ」
私にだけ微笑みかけ、殿下は部屋を出て行かれた。




