毒の小瓶・2
「試してみたらいかが? あなたが思うことを」
バージニアが私をそそのかす。
浮かぶイメージは、手作り菓子の表面をクッキングバーナーでキャラメリゼする感じ。
「ケント伯!!」
切羽詰まった声が聞こえる。待ったなしだ。
唱えなければ傍からは何をしているかが分からないと、いま学んだところ。しかし、あまりにそれっぽい言葉は恥ずかしい。一言にした。
「浄火」
唱えると同時に紫の煙は泥に吸収され、いかにも悪そうな色をしていた泥がよくみる土色に変わる。
「あら、あらあらあら」
バージニアが口元をほころばせる。
「成功ね、お見事」
「何をした!!」
痛いほどの強さで、ケント伯に上腕を掴まれた。
怒鳴られる前に、彼の眼前に小瓶を突きつける。
一瞬避ける動きをしたものの、そこは聖教会を護る騎士隊長様、顔をそむけはしなかった。
瓶を目にして、舌打ち寸前でとどまっていた顔に驚きが走る。苦いか険しいかの二択だった「ハンサムさん」――そう評したのはバージニア――の新たな表情を引き出せて、私はとても満足した。
その後、毒土を採取したために精神に異変をきたした男性と面会した。
先に調査票を読んだ私が、バージニアに説明する。
「飛沫感染は、ないようです」
この国では理解しづらい言葉だろう。
「毒霧を吸入するか土に触れるかしなければ、感染者から非感染者への感染、つまりヒトからヒトへの感染は報告されていません」
「土をつけて帰宅して。その土に触れてしまったりすると、ご家庭内で感染が起こることはありそうね」
バージニアの言うように、それはあり得る。付け加えるなら。
「動物から人への感染も見られません」
なんとなく「毒霧」のイメージがつかめた。
肩を落とし力なく座っていた男性は、私達が部屋に入っても視線を上げもしない。
診療録を読み上げるのは、私。
「主訴は倦怠感と無気力。ご家族によれば劣等感が強くなったそうです」
「こちらは、わたくしがお役に立てそうな気がいたしますわ」
バージニアは胸の前で指を軽く組み、
「聖なるものよ、わたくしに癒しの力を与え給え」
歌うように唱えた。
ふわりと心地良いそよ風を感じたのは、私だけではなかったようだ。
「ご気分はいかが。少しでもお体は楽になりまして?」
問いかけに応じて、男性が顔を上げた。頬は削げているものの瞳には力がある。
「少しなんてもんじゃない。あなたはいったい……」
戸惑いと喜びの入り混じった声。
「わたくし? 渡りの聖女です」
バージニアは晴れやかな笑みを見せた。




