戻ってきたアリス・ウォルター・3
「ごめんなさい」
どうしてこんな結末になってしまったのか。
地下にいた時は「そうするしかない」と信じていた。なのにこうして夕陽の差す場所へ出ると、選択を間違えたと思えてならない。
息苦しくて蒸し暑くて。知らず知らずのうちに、視野の狭い考えに陥っていたんじゃないのか。
「どうして謝るの?」
殿下が私の肩に手を置き、そのまま前におろして指を組んだ。
私が下を向くと、殿下の手の上に涙が落ちてしまう。スンと鼻をすすった。
「『今日は浄化はしない、集会所へ戻る』と言うケント伯を説得したのは私なんです」
続けたい「ここにいるのは私ではなくケント伯のはずでした」が、声にならない。
「ケントは自分で判断する男だ。いくら君が懸命に訴えても納得しなければ、同意はしない。君の意見を取り入れたか、最初からそうするつもりだったか。どちらにしろ君に責任はないんだよ」
私の思考がついてゆけるよう、丁寧に話してくれる。
「だから、泣かなくていい。――泣きたいのなら泣いてもいい。『泣けばすむと思って』なんて、僕は言わないから」
殿下が昔のおしゃべりを引き合いに出す。取るに足らない私の言葉を覚えていてくださる、その優しさがまた泣かせると知らないのか。
私は頬の隣を通る殿下の腕に顔を押し当てて泣いた。えぐっと喉から変な声が出る。
「鐘楼で会った日、君はこの件が片付いたら元の世界へ戻ると言っていた。君がアリスだと分かって、何としてでも帰さないつもりでいたけれど、僕のいない所で帰られては成す術がない。ケントが君をここへ残してくれた理由は様々あるだろうが、彼の友情に感謝する」
突然の「学友」に警戒する気持ちはあったとしても、十年も経てば友情は本物になっていたのだ。殿下の厳かな口調が弔辞を思い起こさせ、また涙が出る。
「逆効果だったか。僕がいなくなっても、君はそんな風に泣いてくれるのかな」
殿下は軽く言ったのだろうが、私に衝撃がはしる。
「――行かないで」
がっちりと殿下の手首を握って、逃すものかとする。
「どこへも行かないで……ください」
「うわあん」と「ひええ」の中間の声が出る。殿下が焦った様子で後ろから私の頭をぎゅっとする。
「ああ、ごめん。僕が悪かった。どこへも行かない、行く時は必ず君も連れて行くから。そんなに泣かないで」
これは困ったな、と呟くのが聞こえる。
本当に連れて行ってくれるのだろうか。ケント伯は私を置いていったのに。置いていかれる立場がこんなに切ないなんて、知らなかった。
なので殿下に約束する。
「私も置いていきません」
殿下が呼吸を整えるかのように間を取ってから、囁く。
「帰ってきてくれて、ありがとう。アリス」




