戻ってきたアリス・ウォルター・2
「アリスは体調が悪いのか!? コール嬢、すぐに!」
「そんなにお焦りにならなくても。私は医者ではありませんし、私の癒しはミナミには効きませんわ」
私が目だけ動かしてちろりと見たブレンダン殿下は、珍しく苛立ちをあらわにしている。それに動じないバージニアの大物っぷりに感心……している場合じゃない。
跳ね起きた。細かな砂埃が巻き上がり慌てて殿下の塵よけコートの裾を持ち、ブレンダン殿下の口を塞ぐ。
ブレンダン殿下が目をぱちくりとさせた。
「埃を吸わないでください。喉がやられます。それにここは毒も――」
「毒は消失したようよ、ミナミ」
途中で遮り私の発言を訂正したバージニアの視線は、閉じられた床の蓋に固定されていた。
「毒沼は……地下室にあった毒沼はケント伯の献身的な行動により消失したものと考えられます」
報告する私の手はまだ殿下の口元を覆ったまま。これでは殿下はお話しできない。
「ミナミ、あなたは残ったのね」
その言い方なら。
「ケント伯を忘れていないんですね、バージニア」
私が視線を外したすきに、殿下が私の手を下へとおろした。言い方に引っ掛かりを感じたらしく、こちらを凝視しながら、呼びつける。
「私も覚えている。副隊長!」
「はい」
即座に応じるライリーさんは、すぐ外で待機していたらしい。
「コール嬢を伴い、地下の様子を見てきてくれないか」
「私が行きます」
「いや、まずは副隊長だ」
私の申し出は有無を言わせぬ態度で却下された。黙するうちに、床蓋がずらされ再び階下へと続く石段が現れた。
その先の様子はバージニアの記憶とは違うはずだ。ここまでご一緒したケント伯はどこにもいないと私は知っている、見なくても。
私の脇に木の丸椅子が置かれた。ライリーさんだ。「どうぞ、お掛けになってお待ちください」と言い、ブレンダン殿下に会釈する。
殿下がひとつ頷く。続けてバージニアも一礼した。
ふたりともに、伏し目がちで表情に陰りがあるのは、聞かないうちからここで起きた異変を察知してのことだ。
ライリーさんが先に立ちバージニアの姿も視界から消え、室内には殿下と私が残された。
いきさつを説明をしなくてはならないけれど、涙抜きで最後まで話しきる自信がない。
バージニアはすぐに全てを理解し、できる範囲の話をライリーさんにしてから戻ることだろう。
殿下になにをどこまで話せばいいのか、頭の回転の悪い今の私には判断が難しい。
殿下は私の手を引き床に開いた穴の見える向きに私を座らせると、真後ろに立たれた。
私の肩を少しひき、ご自身を背もたれ代わりにつかわせる。
「恐れ多い」と背を立てようとするも、
「僕にもたれていて。僕は君に触れていたいし、君は疲れ切っているように見える」
と言われて、動くのを止めた。
「ケントは、どこに?」
答えるより先に。
「いないのだね」




