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戻ってきたアリス・ウォルター・1

 怠く手足が重い。気力もない。服が埃だらけになるのも構わず、私は床に大の字に寝そべった。


 この感じは前にも覚えがある。それなりに真面目に泳いでいた頃の、最後の記録会だ。渾身の力をふり絞ったのにタイムは縮まらず、ここまでの努力は現状維持のためだったのかとあ然とした時に似ている。



 アリスだった時、私はずっとブレンダン殿下に憧れていた。

それはアイドルに対する憧憬と同種のものだから、独り占めしたいとか殿下の「唯一」になりたいと願ったことはない。


 目があったら(ような気がするでも可)、それで一日幸せでいられた。



 ケント伯は? ケント伯とは色々な感情の行き違いがあった。伯爵に対して不遜な態度の私によく我慢してくれたものだと、今になって思う。


 いつから私を好きでいてくれたんだろう、もう永遠に聞けない質問になってしまったけれど。


 ケント伯が創造主と交渉して渡った先が日本であるなら、モテることはお約束する。綺麗で積極的な女の子に囲まれてタジタジとなる伯を見てみたい。



 汚い床でシュチュエーションを考える。


 キャンパスヤードを速足でゆく私は友人とカフェテリアへ向かう途中。正面から来るのはいつも友達に囲まれている人気者の男子学生。大学で最も華やかな一団だ。


 何ごともなくすれ違い、ふと振り返る私。目に入るのは広い背中。

あの背中、どこかで。


「水野、どうした?」

仲良しが尋ねるから、私はゆるく首をふる。

「なんでもない」

「早く行こう、席なくなるよ」


 あ、エミリーさんを忘れていた。 

別のミス・キャンパスばかりで作るグループでセンターを張ってほしい。


そしてしめはこれ。 

「水野ほのかの胸には、なぜか穏やかな気持ちがうまれていましたとさ、おしまい」


 誰もいない異世界の荒屋でひとり、最後は昔ばなし風になるのが、自分でも可笑しい。



 そろそろ戻らなければ、馭者が心配する。ケント伯の不在をどう説明したものだろう。祈りの司祭の時同様、存在自体がなかったこととされている可能性もなくはない。

 今後を考えるが億劫で、一生ここにいようかなんて気になっていると。



「どこにいる! アリス!!」


 足音が一直線に近づき、開け放ったままの扉からブレンダン殿下が飛び込んできた。


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