共犯者の口づけ・7
ケント伯の額には脂汗が浮いている。小さく笑ってみせるのは、体調の悪さを私に感じさせまいとしてのことだ。
「暴れないでくれ。でないと絞め落として運ばないとならなくなる」
肩に腕を回したまま物騒なことを口にして、一階へ続く階段へと私を否応なしに連行する。
大男相手に暴れるような体力はもはや残っていない。「絞め落とすなんてこともできるんですね、さすがは衛兵隊長」と返すのも息苦しくて止めたほどだ。
足がよれるのをどうにか支えてもらい、階段は手をつきながら上がった。
一階のささくれた木の床にぺたんと座り、上半身だけを地下から出しているケント伯を見つめる。
「これしか方法はありませんか」
往生際が悪いと言うのが適切でないなら、未練がましいで合っているのか。聞き分けのない不服顔をしているだろう私に、伯が向ける眼差しは、可愛らしいものを見る時そのもの。
「俺がこの世界に背を向けたいんだ。別の世界でミナミ嬢を見つけてみせる」
そんな不確かな。
「俺の為に涙を流して、俺のことを忘れないよう、アリス・ウォルターではなくミナミ嬢の心に深く刻んでくれ」
伸ばされた手を掴み頬に押し当てて頷くこと以外に、私にできることがあるだろうか。
顔に影が落ちる。一瞬触れるだけの別れのキスは、私の血の味がした。
「次に会ったら、ミナミ嬢は俺がもらう」
自信たっぷりのケント伯は嫌味なほど男前だ。だから意地悪を言ってやる。
「残念ながら、この世界と違ってそういう言い方は女性ウケが悪いんですよ」
上からもの申す私に真顔で告げる。
「では、俺がミナミ嬢に選ばれるような男になろう」
「――もう。選ぶとか、物みたいにおっしゃって」
「物のように、丸ごと欲しくて仕方がない。殿下に渡すくらいならいっそ連れて行ってしまおうか、という思いが頭から離れない」
いいのに。私から「行く」とは言えない、だから強引に道連れにしてくれればいい。
ケント伯にすがらないのは、口にしても困らせるだけと分かっているからだ。
「返事はいらない、ミナミ嬢。愛している」
言った直後に、金輪のついた床蓋が閉められた。重い音が絶望的に響く。
これできっと毒沼の浄化は完了する。そして、ケント伯のお顔を再び見ることは叶わない。
体中から力が抜けた。




