共犯者の口づけ・6
「だめです。行ってはいけません」
説得力ゼロの私を、ケント伯が笑う。
「引き留められるとは思わなかった。令嬢アリス・ウォルターが存在する世界には、俺の居場所はない。違うか?」
「なら、だから私が戻ります。そのつもりでいたんだし、伯がいなくなったらブレンダン殿下は友人を失います」
必死に言い募る。
「殿下は気にもとめないだろう」
「そんなことありません。伯のことを『友情に厚い男だ』とおっしゃっていました。頼りにしていらっしゃるんです」
私の言葉は、ケント伯の心に響かないのだと気落ちしそうになってくる。それでもまだ指が白くなるほど伯の袖を強く握る。
「言わずにいくつもりだった」
なにを。一言も聞き漏らすまいと固唾をのむ私を、力強い視線が射抜いた。
「俺はミナミ嬢を好ましく思っている。ブレンダン殿下のアリス嬢を、だ。が、殿下と同じ土俵では戦えない、それどころか同じ土俵に立てさえしない。この世界を知っているアリス嬢なら、説明はいらないだろうが」
元いた世界を思い出したからと言って、わざわざ「土俵」を持ち出さなくてもいいのに。
なんて脳内でまぜっ返しても、伯の言いたいことはよく分かった。王族の意に反することは絶対的に避けるべき。この考えは身に染み付いている。
「遠征から戻ればミナミ嬢は叙爵しウォルター嬢となる。殿下と楽しげに過ごす姿を見たくない、そう思う俺を女々しいと笑うか」
笑ってくれ、と自嘲する姿に気持ちが揺さぶられて言葉にならない。
「アリス・ウォルター嬢は、ブレンダン殿下を慕っていたのだろう?」
ケント伯は返事を待たずに、私の手をいとも簡単に振りほどいた。いつでもできるから好きにさせてくれていたのだと、今さら気づく。
「殿下がいなければ、ミナミ嬢の隣は俺の位置なのに」
「その自信はどこから来るんですか」
言いたいことは何ひとつ言えないくせに、憎まれ口だけはちゃんと言語化できる私の曲がったままの指を、伯が一本一本丁寧な手つきで伸ばしてゆく。
「と言う願望だ」
視界が曇り狭まるのは、毒のせい。涙で盛り上がっているのではないと主張したい。
実際のところ身体的にも限界は近かった。私がそうならケント伯だって同じはずだ。
「沼の浄化は私のお引き受けした仕事です。全うさせてください、私がいきます」
気力をふり絞っても、もはや力のある声にはならない。
「聖女の護衛が俺の仕事だ。それこそ俺に職務を全うさせてくれ」
なだめるように私の肩を抱いて言う。
「道行きは男女が一組と決まっている。女同士ではおさまりが悪い」




