表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

143/171

共犯者の口づけ・5

「今、なにを?」

 

 されたんでしょうか私。恐る恐る尋ねると、ケント伯はニヤリとした。


「祈りの聖女を吸い出した」

「は!?」


 聞き違いかもしれない。失礼な返しをする私を気にする風もなく、伯が頷く。


「毒は吸い出すものと決まっている」


 それはマムシとかハブとか蜂の話ですか。しかも口腔内に傷があると吸い出した側も危険なので、してはいけないことです。などという常識をお伝えするのも、馬鹿馬鹿しい気がしてくる。


 そもそも傷の内側にあった芯のようなものを「毒」と呼ぶのが相応しいかどうかも不明。



 なんとも微妙な気分で動けないのをいいことに、再び遠慮なく顔が近づいた。傷口を舐めるぬるりとした舌の感触に震える私を、絶対に伯は嬉しんでいると思う。


 そんなことをしたら、また唇が汚れてしまうのに。

予想に違わず、体を起こしたケント伯の唇はぬらぬらと赤く濡れていた。


 沼に放りこんでしまったから、もう拭くものがないじゃないの。手を伸ばして、手首の内側でこすりとり、汚れは自分のスカートに擦り付けた。まだ血は残っているけれど、見た目凄惨なほどではない。



「だいぶ、息苦しくなってきた」


 私も同じく、頭と体が重く鈍い。ケント伯の行動が予想外過ぎて、もはや自分が次にすべきことが思いつかない。


 下に置いていた私の荷物をケント伯が華麗なフォームで蹴った。サッカーボールのように沼に浮いたかと思うと、見る見る内に沈んでゆく。まるで中から引く手があるようだと感じ、肌が粟立つ。


「足でするなんて、お行儀の悪い」

「こうするつもりだったんだろ、驚くことか」


 冗談めかして非難する私に、悪びれることなく言い返す。

「自分がしようとしていた事を横取りされたら、そりゃ驚きもしますよ」という文句は小さなため息にかわる。


 鋏で抉り出すのを阻まれたから私ごと沼に入るつもりだったのに、荷物の沈みっぷりを見たら腰が引けているのが今の私だ。



「ここまでしても、沼はおさまらない……か。道行きには同行者がつきものか」


 死出の道行きという言葉を知ったのは、授業で習った曽根崎心中だったか。


私は咄嗟にケント伯の両袖を絞るように掴んだ。


「沼に入るおつもりですか」

「淋しがりの司祭はひとりでは世界を渡ってくれないだろう?」


 何ごともないという気持ちを表すように瞳は凪いでいる。


「それではまるで人身御供のようです」

言い募る私。


「ミナミ嬢がするつもりだった事を、俺が代わるだけだ」

「異世界に戻るんです。異世界人でないと!」


 私が袖を握ったままの手で、ケント伯が「暑いな、ここは」と、額に張り付いた前髪を左右の耳に流してくれる。


「それなら、俺も異世界人だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ