共犯者の口づけ・5
「今、なにを?」
されたんでしょうか私。恐る恐る尋ねると、ケント伯はニヤリとした。
「祈りの聖女を吸い出した」
「は!?」
聞き違いかもしれない。失礼な返しをする私を気にする風もなく、伯が頷く。
「毒は吸い出すものと決まっている」
それはマムシとかハブとか蜂の話ですか。しかも口腔内に傷があると吸い出した側も危険なので、してはいけないことです。などという常識をお伝えするのも、馬鹿馬鹿しい気がしてくる。
そもそも傷の内側にあった芯のようなものを「毒」と呼ぶのが相応しいかどうかも不明。
なんとも微妙な気分で動けないのをいいことに、再び遠慮なく顔が近づいた。傷口を舐めるぬるりとした舌の感触に震える私を、絶対に伯は嬉しんでいると思う。
そんなことをしたら、また唇が汚れてしまうのに。
予想に違わず、体を起こしたケント伯の唇はぬらぬらと赤く濡れていた。
沼に放りこんでしまったから、もう拭くものがないじゃないの。手を伸ばして、手首の内側でこすりとり、汚れは自分のスカートに擦り付けた。まだ血は残っているけれど、見た目凄惨なほどではない。
「だいぶ、息苦しくなってきた」
私も同じく、頭と体が重く鈍い。ケント伯の行動が予想外過ぎて、もはや自分が次にすべきことが思いつかない。
下に置いていた私の荷物をケント伯が華麗なフォームで蹴った。サッカーボールのように沼に浮いたかと思うと、見る見る内に沈んでゆく。まるで中から引く手があるようだと感じ、肌が粟立つ。
「足でするなんて、お行儀の悪い」
「こうするつもりだったんだろ、驚くことか」
冗談めかして非難する私に、悪びれることなく言い返す。
「自分がしようとしていた事を横取りされたら、そりゃ驚きもしますよ」という文句は小さなため息にかわる。
鋏で抉り出すのを阻まれたから私ごと沼に入るつもりだったのに、荷物の沈みっぷりを見たら腰が引けているのが今の私だ。
「ここまでしても、沼はおさまらない……か。道行きには同行者がつきものか」
死出の道行きという言葉を知ったのは、授業で習った曽根崎心中だったか。
私は咄嗟にケント伯の両袖を絞るように掴んだ。
「沼に入るおつもりですか」
「淋しがりの司祭はひとりでは世界を渡ってくれないだろう?」
何ごともないという気持ちを表すように瞳は凪いでいる。
「それではまるで人身御供のようです」
言い募る私。
「ミナミ嬢がするつもりだった事を、俺が代わるだけだ」
「異世界に戻るんです。異世界人でないと!」
私が袖を握ったままの手で、ケント伯が「暑いな、ここは」と、額に張り付いた前髪を左右の耳に流してくれる。
「それなら、俺も異世界人だ」




