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毒の小瓶・1

 これまでも異世界から来た人は、特別な力や新しい知識を持っていたと聞く。


「幕末から明治のお雇い外国人と似ているかしら」


 当時を知っているかのような口ぶりのバージニアのお母様は明治生まれか。ざっと計算した私にとっては、明治どころか大正も「遠くなりにけり」だ。


「当時日本にいたお雇い外国人に、手をかざして傷を治せる人はいなかったと思います」


過去にはそれが可能な聖女がいたらしい。


「この国に魔法はあるのかしら」


バージニアのこの問いには、私でもすぐに答えられる。


「魔法という言葉すら存在しません」

「なら私達は、この国の方々には手品師のように見えるかもしれないわね」


 

 私達がいるのはケント伯の庭の開けた草地。

バージニアが手にした小瓶には、薄紫に煙る泥が入っていた。 


 私達ふたり以外にも、ケント伯を含め十人近くの人がいるが、毒の影響を受けないよう充分に離れてもらっているから、話し声は届かないはずだ。



「では、わたくしから」

バージニアが小瓶を両手で包む。

――特に変化はない。


「なにか、なさいましたか」

「……ええ。やはり無言では何もしていないように見えてしまうわね、しまらないわ」


 顔を曇らせたバージニアが「気を取り直して」とつぶやき。


「聖なるものよ、わたくしに清めの力を与え給え」


 凛とした美声が響いた。しかし、瓶にこれといった変化はない。


「次はあなたが、なさって」


 バージニアに出来ないことが、私にできるとも思えない。ふと、瓶が「聖なる力」の邪魔しているのではないだろうかと、思いつく。


「瓶を開けてみていいですか」

「いいんじゃないかしら。止められるといけませんから、聞かずに開けてしまいましょう」



 離れた所から見守る人々に見えないよう、私は自分の体の陰に隠して栓を抜いた。


 すぐに甘ったるさで腐敗臭をごまかしたような、妙に鼻につきそれでいて繰り返し嗅ぎたくなるような匂いが流れ出た。


「形容し難い香りね」

おっしゃる通りと、私が同意を示していると。



「何をしている!」

ケント伯の鋭い声が飛んだ。無骨そうに見えるのに、どうやら察しがよいらしい。


「答えろ! 何をしている」


 怒気をはらむ声は、今どきならナントカハラスメントだ。叱られると分かっていて答えるバカはいない。私は無視することにした。


「湿気の多い土地は好まれないものよね」


バージニアの一言で、ふと思いつく。


「乾燥させたらいいのでは?」

「どのように?」

「火であぶって」


 話している間にも、後ろからは

「いけません! 隊長!」

「離せ!」

「絶対にケント伯を離すな!」

と、緊迫したやり取りが聞こえた。


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