異世界への適応適性、見極めは幼稚園で・4
ブレンダンはバージニアの謝罪を受け流した。
「アリスがいなくなる前、彼女を労うために何かしたいと考えていた。いざ実行しようとすると、これがなかなか難しい。保護者の手前、目立つ物は贈りにくい。それで『物語』を贈ろうと思いついた」
「物語ですか」
「当時、アリスにはお気に入りの作家がいた。つてを辿って個人向けの小品の執筆を打診したところ、ふたつ返事で引き受けてくれた。全く売れていない作家だったから、原稿料は微々たるものだ。いきなり渡して驚く顔を見ようか、それとも待つ楽しみを共有しようかと思っていたのに――彼女がいなくなった」
思い出すのも嫌だと、ブレンダンの表情が険しくなる。
「詳しくは語らない。その後、作家に内容変更を依頼した。『アリスという名の女の子が別の世界へ行ってしまうが、元いた世界では出来ない事を体験した後帰ってくる』という物語にして欲しいと」
静かに耳を傾けていたバージニアが、引っ掛かりを覚えたような目つきになった。
ブレンダンの唇に薄い笑みがのる。
「ご想像通りだ。トラバス嬢に面会する時はいつもその物語を書きつけた紙片を持っていた。そして『祈りの力があるのなら、私の願いを叶えてみせて欲しい』と彼女に伝えた」
「それを聞いた笑里さんは『殿下の願いを叶えなければ、自分の望みは叶わない』と解釈したことでしょうね」
表情を変えない相手に向けて、バージニアが珍しく片側だけ口角を上げる。
「アリスが戻れば自分の望みはますます遠のくとも知らずに身を尽くして祈る……まるで結婚詐欺師のようですわね、殿下」
発言に怒るどころか、楽しげに。
「誓って言うが、私がトラバス嬢に見返りを約束した事はない。ただの一度もね」
「さようでしょうとも。生粋の王族でいらっしゃる殿下が、不用意に言質を与えたりなさるはずがない」
「分かってくれて嬉しいよ」
「それで得心がゆきました。こちらから強く引く力が働いて、ミナミは私の巻き添えのような形で同行した。なにも知らずに笑里さんは自分の体を悪くしてまで殿下の望みを叶え、祈りの力があることを証明してみせた」
「言葉に含みがある」
そう指摘されてもバージニアは余裕のある態度を崩さない。
「いいえ、事実を並べたまでですわ。ミナミの体の乗っ取りをも図った笑里さんを擁護するつもりは、ありません」
ブレンダンが探るような雰囲気を漂わせるのを気にとめることなく、言葉を続けるバージニア。
「殿下の願い通り戻ってきたアリスによって、世界が正された。万々歳ではございませんか」




