その毒沼は異世界の記憶を呼び覚ます・1
色々と考えてみて、ケント伯を出し抜いて、私ひとりで地下室の毒沼と対峙するのは難しいとの結論に達した。
朝になってから、バージニアがライリーさんに「地下室に何かありそうだ」と伝え、ライリーさんからケント伯のお耳に入れてもらった。
「昨日のうちに俺もミナミ嬢から報告を聞けてもよかったと思うのだが?」
言われた私は大真面目な顔で首に手を添えた。出血させたから内側にガーゼ状のものを挟んでのネッカチーフ姿だ。もはやネッカチーフがトレードマークとなっていそう、誰も言わないけれど。
「鋏のことで、ひどく叱られたものですから、萎縮してしまって」
言えなくなってしまったのです、とうつむく。
「そんな訳はないだろう」という胡乱げな視線は、跳ね返すのではなく受け流す方向で。
そうこうするうちに「エミリーさんの生家(推定)」の前まで来た。
毒霧の影響を考えて、探索はバージニアと私、ケント伯そしてライリーさんの少人数編成だ。
鍵のない扉を開き、金輪の辺りまで来たところでライリーさんの様子がおかしくなった。
急激に顔が土気色になり、唇も白っぽい。
「無理はなさらないほうが、よろしいわ」
いち早く異変に気づいたバージニアに、ライリーさんが毅然と返す。
「いえ、コール嬢のお供をさせて頂きたく」
言うそばから、汗が吹き出す。手を握ったり開いたりと忙しない。
バージニアの目配せを受けてケント伯が口を開いた。
「ライリー、聖女おふたり同時に何かあっては取り返しがつかない。この先は私がミナミ嬢と見てくる。お前はコール嬢と共に毒の薄い地点まで移動し待機してくれ」
「ですが」
「最悪を回避するための安全策ですわ。私の癒やしの力は無尽蔵ではなく、一日に発揮できる量は決まっております。おふたり同時に侵されますと、すぐに回復させるのは、率直に申し上げまして難しい。毒はそれ程の濃度ですわ。耐性のある私とミナミですら長居はできないと感じます」
あなたが弱いのではなく毒が尋常ではないのだと、バージニアが言葉を尽くす。
ここまで聞けばライリーさんも引き下がった。
ふたりが家から離れるのを見届けつつケント伯が。
「コール嬢はライリーに言わなかったが、昨日のうちにこの床下も覗いたのだろう?」
どうしてわかるのかと思うほど、ケント伯は私のやりそうな事に察しが良くなっている。よく見れば、埃の積もった床に、蓋をずらした跡が残っていた。……バレちゃあ仕方ない。
「その金輪のついた床下には、立派な石段があります。少し先まで進むと室内なのに毒沼が。ちょっと覚悟がいりますよ、今までで一番毒々しく嫌な感じで腰がひけます」
これは説明ではなく脅しでは。ケント伯は肩に乗せていたストールを鼻と口を覆う巻き方に変え、金輪に手をかけた。




