寝台を共にする相手・1
地下室の沼は、おそらくエミリーさんを返さなければ消滅しない。そしてエミリーさんの存在を主張するものは私の首にある。
思うにエミリーさんは私と一部同化している。首からしこりをえぐり取り沼に放りこんでみようと思った。でもそれはケント伯に阻止された。
次案は、毒沼を浄化してみて効果がなさそうなら私が沼に入ること。うまくいけば、開いた傷口から「エミリーさん成分」が溶け出し、沼が消える。
エミリーさんの「帰りたい」という切実な願いは、日毎に私に浸透していた。最終的に私ごと異世界へ帰るならそれでもいいと思うほどに。
地下の毒沼は濃すぎる。耐えられるのは私とバージニアくらいではないか。バージニアは沼には無力だから、地下へ行くのは私だけでいい。
万が一、私が毒沼から日本に戻ったとしたら、皆の特にブレンダン殿下の記憶から私を消すことは可能だろうか。
創造主に頼んでみよう。ミッションは完遂したのだから、きいてくれない理由はない。
二度も殿下を悲しませることは出来ないなんて思いつつ、日本に帰るつもりだった。
アリス・ウォルターとして爵位を頂戴しこの地に残ったとする。日本に比べて不便な生活はかつての生活だから、耐えられないほどではなく、それだけが理由ではなかった。
毒沼が失せれば私を養う利点は国になく、かわりに何が出来るのかと聞かれれば何もない。「タダ飯食い」を続けるのには抵抗がある。
殿下は恐れ多くも私を好きだと言ってくださったから、お妃を迎えても公認の愛人にしてくださるかもしれない。が、元聖女が愛人という立場になるのは、どう考えても聞こえが悪い。
私には彼氏を他の誰かと共有する趣味はなく、それよりひとりで身綺麗に暮らしたほうがずっといい。
やはり帰ろう――お許しいただければ。
「眠れないのか」
ケント伯が聞いた。本日も寝台を端と端で共有している。
ここで返事をしたら起きているのがバレてしまうと賢い私は知っているので、沈黙を貫く。
「だんまりか」
偉そうに、と言わんばかりの口調でケント伯が雑に私を背中から抱いた。まさかの事態に体が硬直する。そんな反応をすれば、起きていますと白状したも同然なのに。
すぐ近くで人の悪い笑い声がした。
「叙勲がなくなりますよ」
「ミナミ嬢は黙っていてくれるんだろう?」
私の精一杯の嫌がらせは、少しの効果もなかった。




