この傷は呪いでしょうか・1
昼食は皆でとった。明日にはブレンダン殿下がお着きになる。
「いやあ、本当におふたりが来てくださって良かった。聖女様に乾杯!」
これまでの働きぶりを労い、今日は昼に葡萄酒が振る舞われた。場の盛り上げ役をかって出たライリーさんに、皆がコップをかかげる。
私も調子を合わせながら、別のことを考えていた。
時間内に待ち合わせ場所まで戻ったのに、複数の部下を連れたケント伯は焦れた様子で待っていた。
「お待たせしました」
「いや、何か見つけたか」
ケント伯に応じるのはバージニア。私は喉の調子が悪く、うがいでもしないとひっかかる感じに声が掠れる。
「気になる家はありましたが、ミナミはここ数日力を尽くしておりましたので、無理はせずに戻りました」
地下にあったぬかるみについてはひとまず触れずにと、私が頼んだ。
「どうして?」
「これまでの沼とは違います。手をかざしてすぐに浄化できる気がしません。そう言えばケント伯とライリーさんは、即座にご自身の目で確かめようとなさるでしょう。でも、今の沼の状態は悪すぎる。一般の方では精神に異常をきたします。私が先に何度か浄化を試み、少しでも薄めてからお目に入れるべきではないでしょうか」
「……理屈は通るわね」
本音は別にあるのでは、と言わんばかりの言葉にヒヤリとする。けれどバージニアは私の意見を受け入れてくれた。
「ケント伯の体調も万全ではないというお話ですもの。ここにきて一日遅れたところで変わりはないわね」
そう、ずっと黙っていて欲しいのではなく、半日一日猶予が欲しいという話なのだ。
思い返していると、ケント伯がじっと私を見ているのに気がついた。なんだろう。
伯が自身の首筋に手をやる。「首がどうかしましたか」と少し首を突き出す動きで問うと、「聞きたいのは俺の方だ」というゼスチャーをする。
私の首? 言われてみれば、私の左手はまたスカーフの上から傷を押さえていた。無意識のことだ。
「ちょっときつくて」
部下に話しかけられて視線を外したケント伯に伝わったかどうかは不明だけれど、あとはこちらを見なかった。
この国に来てすぐの頃、バージニアは「本名を名乗らないほうがいい」と言った。
油断して最後の最後に「アリス・ウォルター」とエミリーさんに名乗ってしまった。本名は水野ほのかですと言い訳などしたいところだが、アリスを名乗ることで呪のようなものが成立してしまったのではないか。
夜中に「帰りたい」と訴えるのは私じゃない。だって私は仕事が済めば帰国を選択できると知っている。夜中に意識のない私の体を使うのは、エミリーさんだ。
――こういうのを詰めが甘いと言うのだろうか。




