紫に煙る家・2
幾度も雨漏りがしたらしい染みのある床につく大小の足跡は、獣のもの。室内が荒れているのは獣があさったせいだろう。
上階に続く階段を踏み抜かないよう注意をはらっていけば、倉庫として使う造りらしく開け放った木箱があるだけで、特におかしな様子はない。
むしろ、気になるのは床。錆びた金輪のついた床下収納庫のような蓋がある。
「バージニア」
呼ぶ声が掠れた。
先ほどから喉が詰まる感じがするのは、耐性のある私ですら毒が辛いのか。傷隠しのネッカチーフに緩みをつくり、少しでも呼吸を楽にしようと試みる。
ここだ、見過ごせないのはここ。私はゴクリと唾を飲んだ。
意を決して金輪に手をかけ引き上げようとするも、重く持ち上がらない。
「手を貸しますわ」
バージニアの加勢を得てようやく横にずらして、人が通れるくらいの穴ができた。
そこにあったのは収納庫ではなく、階下へと続く石造りの階段だった。簡素な建屋とは不釣り合いに思えるほど作りは堅牢。
「元は立派な建物があったけれど、壊れて今の建物を立てたのかもしれませんわね」
バージニアの推理は正解に思える。さて、どうすると目で問われて。
「少しだけなかを確認して、戻りましょう」
私は先に立って階段をおりた。床板が傷み抜けたりささくれたりしているおかげで、地下に光が漏れている。目が慣れれば歩くのに苦労はない。
ただ息苦しくはあった。バージニアがハンカチで口元を押さえているのを見れば、彼女も同じなのだとわかる。近寄りたくないと肌が拒否するような。
耐えて進んだ先を見て足を止めたのは、後ろにいたバージニアが先。眼の前に広がっていたのは、これまでで最も毒々しい色と気配のぬかるみだった。
「屋内なのに」
さすがのバージニアも、声に力がない。
「地下水が染み出したのかもしれません。そして、たぶんこの家はエミリーさんと関係があります」
根拠はない。生家もしくは育った家。エミリーさんについて皆が忘れてしまった今、確定するのは困難だが、私に訴えかけるものがある。
いつかの夜のように、私ではない私が私に主張する。
帰りたい、帰る、帰れる。この沼に身を浸したい。
内側から突き上げる衝動にかられて、一足出したところで後ろから腕を引かれた。
「ミナミ、そろそろ約束の時間よ。今日のところは引き上げましょう」
冷静な声に引き戻される。今、何をしようとしたのか。顎を上げ、ハッと音を立ててひとつ息を吐いて気持ちを落ちける私の顔を、バージニアが気遣わしげに見る。
「大丈夫?」
必要なら癒やしをと言ってくれそうだけれど毒耐性のある私にはおそらく「癒やし」も効かない。
「大丈夫です」
村に漂う濃い毒霧の発生源はこの地下室で決まりだ。一旦離れよう。
こんな蓋でもないよりは良い。私達は金輪のついた扉を元通りにすると、目を見合わて頷いた。




