紫に煙る家・1
沼らしい沼は見当たらないのに、この村には隈なく薄紫の霧が漂う。見渡す限りぼんやりと煙る感じだ。
伯をはじめとする皆には、小高い丘にある集会所に待機してもらい、毒に耐性のある私とバージニアで村を探索すると決めてからも、ケント伯は最後まで渋った。
私達に危害を加える獣がいないのは承知しているのに、過保護だ。
「大丈夫ですよ、二時間もあれば戻ります」
狭い村だ。
「一時間半。それで戻らなければ迎えにゆく」
ケント伯の眼差しは厳しい。ここは私が譲るところだろう。仕方なく「はい」と殊勝な顔をした。
過保護ぶりならライリーさんも似たようなもので、霧の濃くなるぎりぎりまでついてくる。
「もうこのあたりで」「本当にここで」を繰り返し、ようやく離れてくれた。
五年前まではまだ人が住んでいたという集落は、いまや廃村の雰囲気をまとっていた。毒は物を早く朽ちさせるものなのかもしれない。
「西部劇のゴーストタウンみたいね」
バージニアの言うのは私にもなんとなく理解できた。野良犬が道を横切り、壊れかけの桶が風に煽られてカラカラと音を立てて転がっていきそう。
「胸が痛みます」
人の暮らしがあったのに、住めなくなり移住を強いられたのは不本意なことだろう。口数も少なく見回すうちに、ふと一軒の家が私の興味をひいた。
凝視していると、気がついたバージニアも隣から探るようにながめる。
「――ミナミ」
「はい」
その家だけ、明らかになにかが違った。
「行く? 戻る?」
バージニアの問はとてもシンプル。私達で室内をあらためるか、戻って指揮官であるケント伯に報告し指示を仰ぐか。
バージニアが選択を委ねたのは、私が対物担当だからだろう。
地形によるのかまたは他に理由があるのか、この辺りの毒霧は濃く淀んでいる。
耐性のない人ならすぐに体調を崩す、と想像がつく。いくらバージニアが正常に戻せると言っても、後遺症が出ないとも限らない。毒に触れずにすむならそれが一番だ。
報告すればケント伯とライリーさんがついてくるのは決定のように思われる。――決めた。
「今、行きます。私達だけで」
「時間の余裕はないわよ、ミナミ。急がないと堪え性のない私達の保護者が迎えにきてしまうわ」
そうなると予測していたかのように即応して、バージニアは口元をほころばせた。




